第四章 鳴り響け青き春の旋律よ 一括掲載版

 サレトナが、振り向く。
「どうしたの?」
「いや。なんで休日にセイジュリオ?」
 セイジュリオの校門にいる警備員に話しかけて、手続きをすませて鍵を借りたと思えば、サレトナが入っていったのは紛れもなく自分たちの所属しているセイジュリオだ。
 デート、ではないが二人きりの外出だというのに、向かう場所がセイジュリオというのはどういうことなのだろう。
 サレトナは西棟へ進んでいく。その隣をカクヤも並んでついていった。
 休日のセイジュリオだが、校庭では運動系のアクトコンが活動している様子が見受けられる。
 サレトナは階段を上がっていく。四階まで昇るのはカクヤは初めてだ。
「スタジオを借りるためにセイジュリオに来たのよ。カクヤも、広場で大勢の前で歌いたいわけじゃないでしょう?」
 カクヤはいまだサレトナの言いたいことがつかめない。
 イノコードで楽譜を買っていたことから、音楽が今日の主題なのかも知れないが、その点にカクヤの歌がどのように関わってくるのだろう。それに、スタジオが借りられなかったら、広場で歌う羽目になっていたのだろうか。
 サレトナはスタジオの鍵を開ける。カクヤはゆっくりと重い扉を押して、内側へと開いていく。
「よく来たな!」
 聞き覚えのある声を聞いた。
「どうして、セキヤ先輩がここに!?」
 目の前には、スタジオの照明に照らされて銀糸をきらめかせる、セキヤが木製の椅子に座ってふんぞり返っていた。
「先輩、今日はお付き合いくださり、ありがとうございます」
「構わんよ。ただし、相応の面白いものを見せてくれないとな。すぐに帰ってしまうぞ?}
 カクヤの疑問はなかったことにされた。
 サレトナはセキヤに頭を下げて、セキヤは鷹揚に受け入れている。
 いまだ立ち尽くすカクヤの前で、サレトナはキーボードの準備を始めた。空間接続という、音を鳴らすための調整をしながら、音程を確かめている。
 セキヤは未だ足と腕を組んで堂々と座ったままだ。
 サレトナはキーボードが鳴ることを確かめると、二歩前にスタンドマイクを設置する。さらに前へ、楽譜台を置くと先ほど買った楽譜を開いた。
「さ。カクヤ。歌いましょう」
「と、言われましても。何を」
 いきなり歌唱の準備をされても心の準備ができていない。二人きりでの外出、からセイジュリオに来て、その場に第三者が加わることすら予想していなかったというのに、歌えと言われても難しい。
 サレトナはカクヤの動揺など気にせずに、腰に手を当ててお冠の様子だった。
「この曲なら歌えるといったじゃない」
「いや、歌えるけど」
 その後に続く抵抗の言葉は、一瞬にして霧散することになる。
「カクヤは歌が好きじゃなかったの?」
 挑発ではない。ただの事実の確認だ。
 サレトナの問いかける言葉に、縋る響きがあったために、カクヤは素直になることができた。
 そうだ。自分は、歌が。
「好きだよ」
 一つのやりとりで覚悟は決まり、カクヤはサレトナの用意したマイクスタンドの前に立つ。マイクの位置を調整しながら、おぼろげながらに理解し始めていた。
 サレトナは自分の猫を剥がそうとしている。自分もまだ、自覚していない窮屈な着ぐるみがあることを、せめて気付いて欲しいと願っている。
 だったら、歌うしかない。自分が最も愛する行為に誠実に取り組むしかなかった。
 サレトナがキーボードを弾く。軽やかだが、哀しい旋律から曲は始まる。
 カクヤは振り向かずに、唄い始めた。
 届け。

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