ヘキサに着く前に他の客は途中の街や村で下車していった。ヘキサの地に足をつけた乗客はカクヤ、サレトナ、そしてタトエだけだ。
カクヤは揺れない地面に降りてから、御者に尋ねる。
「いつまでに戻ったらいいですか?」
「こいつらも休憩が必要だから、三時には発とう」
「それまでの間、あなたたちも食事と休憩をしっかり摂るのよ」
女性の御者もカクヤたちに声をかけながら、魔車から降りて整備を始めた。
カクヤたちは礼を言いながら、ヘキサの停留所から街へと歩いていく。
タトエはヘキサのことを普通の街だと言っていたが、言葉の通り目立った特徴のない住宅が多数を占める街だった。全体的に薄い卵黄色の建物が多く、高い建物は街の中心にある緊急時を知らしめる鐘の設置された物見台と、あとは北東にある官舎らしきところしかない。
今度はタトエが先頭になり、自宅へ向かう。その途中でタトエは友人らしき少年少女や、知り合いと思われる老若男女に声をかけられる。タトエは誰に対しても朗らかに挨拶をするが、全てに「またあとで」とだけ言って去っていった。
「いいのか?」
久しぶりに会う人たちと弾む話もあるのだろうと思うのだが、タトエは素っ気ないともいえるほどにさっぱりとしていた。
「まずはお昼ご飯を食べないと。僕ももう、お腹空いたよ」
言って、タトエは青い屋根の家の前で立ち止まる。他の家よりも横幅が広い。
タトエは扉の取っ手に手をかけて開けようとするが、がたんと音がするだけで開くことはなかった。家人は不在らしい。鐘も鳴らしてみるが、返事はない。
「もう。帰ってくるって言っておいたのに」
タトエは空板を起動する。宿り木に伝言を打ち込もうとしていたところで、カクヤはタトエの肩を叩いた。
ぽってりとした、太っちょともたとえられる髭を生やした壮年の男性が敷地内に入ってきている。
壮年の男性は両手で荷物を持ちながら、立ち止まるとカクヤたちを見回した。
「一足出遅れたかな」
「僕たちもいま帰ってきたところだから。大丈夫だよ、父さん」
「それならよかった」とタトエの父は晴れ晴れとした笑顔を見せる。髪の色はタトエと同じ茶色で、髭も同じ色だ。目の色だけがタトエと違って、緑色をしている。服は青い線の入った白いローブを着ていた。
カクヤはタトエの父から荷物を受け取るように言う。両手が塞がっている状況では鍵も開けられないだろう。
タトエの父は素直に荷物をカクヤに渡して、鍵を開けると三人を家の中へと招き入れた。
「さあ、どうぞ」
「入らせていただきます」
サレトナが丁寧に礼を言って、タトエの家へと入っていく。
カクヤは平屋の中央にある台所近くの大きなテーブルに渡された荷物を置いた。タトエが袋の中身を検分する。
「昼食は僕が作るよ」
「なら、任せるよ。僕はこちらのお二人さんを連れてヘキサを案内しよう」
役割分担は揉めることなく決まった。
小さな目をしているタトエの父はカクヤに手を差し出す。
「僕はトリル・エルダー。この街の司聖でもあるから、よろしくね」
カクヤとサレトナも自己紹介を済ませる。触れたトリルの手は肉厚にも感じられたが、穏やかな熱に満ちていた。
トリルは髪の色と背の低さくらいしかタトエと外見で似ているところはない。しかし、タトエの落ち着いた知性は父から譲られたところもあるのだろうと感じさせる包容力がトリルにはあった。
タトエは家の中へと入り、カクヤとサレトナはトリルを先頭にしてヘキサの街を再び歩いていく。
改めて歩くヘキサの街は半円の形をしていた。内周に住宅が並び、外周に生活に必要な施設が建てられている。そして、ロールケーキの頂点に乗せられた苺のように教会が少しだけ距離を置いて最北から街を見守っていた。
タトエの家は西にあり、トリルは北に向かうようにして外周にある施設を説明していく。「もこもこも」というパン屋のコロネが美味しいといったことから、タトエもよく利用していたという雑貨店の「青星静夜」の店内を覗かせることもしてくれた。
トリルの案内は楽しいものであったが、四人分の昼食をタトエ一人で作らせることには、カクヤは躊躇いを抱いたままだ。その疑問を口にする。
「あの、タトエ一人に任せてよかったんですか?」
「大丈夫だよ。僕の家の台所は狭いから、皆で作るのも難しいし、いても気を遣うだろう。それにそろそろハニーも帰ってくるから」
カクヤがトリルの口にした「ハニー」という言葉に疑問符を浮かべていると、サレトナも会話に加わってきた。
「先ほど、司聖と仰っていましたが。おじさまは聖職者なのですか?」
「そうだね。一応、この街の司聖長だね」
大陸シルスリクにある街には代表者となる司聖を設置するように義務づけられている。街には土地神がいるため、彼の存在を常に奉らなくてはならない。そのための教会や社の整備は司聖を中心として行われる。街の行事や冠婚葬祭を仕切るのも司聖の仕事だ。
司聖の部下として支司と呼ばれる聖職者もいる。街などに属さず、特定の神を信仰する聖職者は放浪祭司と呼ばれていた。
サレトナは納得したように頷きながら言う。
「司聖長とは。ご立派ですね」
「お鉢が回ってきたというやつだよ」
再びトリルが手を上げたところで、声をかけられる。振り向くと灰色のローブを着た男性がいた。ローブの胸のあたりには水色の羽根の刺繍が入れられている。
男性はもったいぶった笑みを浮かべたまま口を開く。
「今日は珍しくお休みだと聞きましたが、こんなところで若い子を連れて散歩ですか」
「モルドくん。今日はタトエが帰ってくるから少しだけ時間をもらうよ、と言っただけじゃないか」
トリルは笑顔を崩してはいない。しかし、相手のモルドという男性の言葉からは粘つくようないやらしさが感じられた。
「それは結構。でしたら、いま教会に訪れている怪我人のことは私にお任せください」
「ちょっと待ちなさいよ。怪我人がいるというのに、教会から離れたの? それはだめでしょう。僕が教会に行くから、君はさっさと外に出てきた用事を済ませるんだよ」
初めてトリルは笑顔を消して、小走りに移動する。歩幅は小さいが急いでいるのは伝わってくるので、カクヤとサレトナもトリルの後を急いでついていく。
>第八章第四話






