変奏曲より紡がれし明日への希望 第八話

 ルリセイで最も目立つ建築物である「青の階段」を見かけたときに覚えたのは「帰ってきたのか」という懐かしさと、「帰ってきてしまったのか」という緊張だった。
 カクヤにとってルリセイは生まれ育った故郷であるはずだというのに、楽しい思い出も両の指で数えられないほどあるというのに、最初に過ぎる記憶が拒絶なのだからどうしようもない。
 胸の内にある憂鬱をサレトナやタトエには読み取られないように気をつけながら、ルリセイの停留所を魔車の窓から眺めていた。
 半円を描くようにして魔車は停留所に到着する。完全に制止してから、カクヤたちは順に魔車を降りていく。いままで魔車を操縦していた男性と女性の御者も下車していった。魔車は停留所に留め置いて、今日はルリセイで休んでから、アルスまで引き返す予定らしい。
 カクヤは御者たちに礼を言って、歩き出す。
 停留所からルリセイの街へと続く門のところに、青い髪をした少年が寄りかかって立っていた。
 少年の顔はカクヤを見つけると一瞬にして明るいものになる。一気に走り寄って、目の前で急停止した。
「兄ちゃん!」
「ナルカ、久しぶりだな」
 自分そっくりだと昔から言われ慣れている、吊られた林檎色の瞳を見開いて、カクヤの弟であるナルカ・アラタメは満面の笑みを見せた。
 ナルカはベージュ色のズボンを履いた足で器用に一回転しながら、サレトナとタトエにそれぞれ視線を合わせた。細い腕を白い帽子付きのシャツから真っ直ぐ上に伸ばしている。
「はじめまして! 俺は、ナルカ・アラタメ。カクヤ兄ちゃんの弟です!」
「はじめまして。サレトナ・ロストウェルスといいます」
「タトエ・エルダーだよ。よろしくね」
 挨拶をするサレトナとタトエの声は柔和で、双方が悪くのない印象を抱いていることが伝わってきた。
 ナルカは先頭に立って歩き出す。カクヤはそのあとに続き、サレトナ、タトエと並んでいった。この場にソレシカがいたらさらに賑やかなことになっていただろう。意外なことに、ソレシカは子どもが好きだ。
 ナルカは歩きながら、青と白の街であるルリセイの様々なところに指を差して、紹介をしていく。ヘキサが半円の街ならばルリセイは縦に長い長方形の街だ。住宅街は西側にあり、東側にある停留所からだと街を横断することになる。
「それで、あれがルリセイの」
「うん、うん」
 タトエはナルカの言葉一つひとつに相槌を打ってくれた。真摯な態度にナルカはますます機嫌をよくしていく。
「元気な弟さんね」
「ああ。やんちゃすぎるところがあるけどな」
「いくつなの?」
「十一だったかな」
 カクヤとサレトナが話をしている間にナルカはタトエと共に先に進んでいた。ゆっくりと歩いていると、ナルカが「はやく!」とせかしてくる。カクヤとサレトナは少しだけ足を速めて、カクヤの家に向かっていった。
 その途中だ。
「アラタメ!?」
 脇道から出てきた、旧友に声をかけられてカクヤは立ち止まる。サレトナは急に立ち止まったカクヤの背中にぶつかることはなかったらしい。
 旧友であるメイテス・ノクジはカクヤに視線をやったまま、ぼけっと立ち塞がっている。カクヤもなんという言葉をかけるか悩んだ。
「久しぶり、だな」
 出てきたのは決まり切った挨拶だった。
「あ、ああ。帰ってきてたんだな。言って、くれれば……」
 メイテスに対してカクヤは眉を寄せて笑みを浮かべる。複雑としか例えられない表情にメイテスは続く言葉を呑み込んだようだった。がしり、と頭を掻いてから言う。
「ギーデンノーグさんには、言ってもいいか? お前が帰ってきたこと」
「いいよ」
 カクヤの答えが予想外だったのか、メイテスは目を丸くする。そのあとに哀れむような視線を向けてから、メイテスとは手を上げて別れを告げた。
 そのあいだ、サレトナは何も言わなかった。カクヤを見上げてくる。
 言いたいことは伝わってくるが無闇に心配させるわけにはいかないので、カクヤは微笑するに留めた。
 再び、カクヤの家に向かって歩き出す。
 その道中でも声をかけられることや遠巻きに囁かれることがあって、相変わらず自身は距離を計りかねられているのだと自覚せずにはいられなかった。仕方がないことだ。平凡であった街にかつてないほどの動揺をもたらしたのは、他ならぬ自分なのだから。
 だけれど、その騒ぎにサレトナやタトエが巻き込まれることはあってはならない。
 カクヤは真っ直ぐに自身の家まで進んでいく。タトエと共に前を歩くナルカも遠近問わず向けられる戸惑いに全て反応するほどではなくなっていた。カクヤがルリセイにいた頃は、万事喧嘩腰になっていたものだが、成長したのかそれとも慣れたのか。もしくは、カクヤがいなくなったことによってナルカにまで悪意を向けられることが減ったのだったらよい。
「ただいま!」
 ナルカが扉を開け放す。カクヤよりも先に家へ入ることにタトエは考えたようだが、ナルカに引っ張り込まれて入っていった。カクヤとサレトナも続いていく。
「ああ、おかえり」
「おかえりなさい」
 出迎えてくれたのはカクヤとナルカの父母である、ユエニ・アラタメとクシク・アラタメだった。カクヤとナルカにそっくり遺伝された青い髪と赤い瞳は父のもので、母は黒い髪に青い目をしている。着ているものは夏らしい麻のシャツとズボン、それにクシクは薄紫のワンピースだった。
 困惑した感情を向けられないことに安堵したのか、ルリセイに到着してから抱いていた緊張がわずかに緩む。
 ユエニはサレトナとタトエに向かって立ち上がり、手を差しだした。タトエが先にユエニの手を握って挨拶をする。サレトナもタトエに続いた。クシクはその様子を微笑みながら眺めている。
 今日はサレトナもタトエもカクヤの家に泊まることになっていた。ルリセイにはアルスほど設備の整った宿泊施設はない。外部から訪れた者のための共同宿舎と呼ばれる施設はあるが、二人を置いて枕を高くして眠れるほど安全な場所とは言いがたかった。夜のあいだに事件が起こらないとは言い切れない。それほど簡素な眠るためだけの施設だ。

>第八章第八話



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