変奏曲より紡がれし明日への希望 第九話

 カクヤとユエニ、クシクが話を進める中、ナルカはアラタメの家に初めての宿泊客が現れたことに興奮を隠さない。血族でいうのならば、父方の叔父がたまに訪れていたが、年の近い相手はいままでなかった。
 ナルカは話を聞くことに飽きてきたのか、タトエの服の袖を引っ張る。
「なーなー。そんな話より、遊びたい」
「悪い。こっちも疲れてるから」
 カクヤは話を切り上げようとする。その前にタトエが言い出した。
「だったら、僕と遊ぼうよ。ナルカ君は何がしたいの」
「カードゲーム!」
 ナルカは即座に答えると、たっと自室へ走り出した。カクヤが「悪い」と視線で謝り、タトエが首を横に振ったところでナルカが戻ってくる。手には二揃いのカードを持っていた。
 タトエはナルカに引っ張られて、玄関から続くダイニングの奥にあるリビングでカードゲームの説明を受ける。以前はカクヤが相手をしていたものだ。未だ、ナルカにとっては楽しいもののようだった。
 四ヶ月もあれば変わることは多いだろうが、案外、そうでもないのだろう。
 カクヤがしみじみとしていると、ユエニはサレトナをテーブルに案内していた。サレトナはユエニの斜め向かいに着いた。
「カクヤ。それで、部屋のことだけど」
 クシクに呼ばれたので、カクヤは向き直る。
「ロストウェルスさんは私と一緒に、タトエさんはカクヤの部屋でいいかしら」
「ああ。こっちも部屋が余ってるわけじゃないのに。ごめん」
「いいわよ。カクヤのお友達だもの」
「俺も兄ちゃんたちのところで寝る!」
 ナルカの声が飛んできた。クシクは即座に止める。
「だめよ」
「僕はいいですよ」
 タトエが了承したので、ナルカもカクヤの部屋に泊まることになった。しばらく空けていた自室は三人も横になれるほど広かったかは疑問だが、ここまでくるとナルカは折れない。窮屈な思いをすることは避けられそうになかった。
 それぞれの割り当ても決まると、一旦の落ち着きが訪れる。
 カクヤはタトエとナルカのところに行き、カードゲームの趨勢を見る。タトエは初めての遊びだというのに善戦していて、ナルカを唸らせている。それでも、ナルカは慎重に一手を考えて、タトエのカードを打ち砕いていく。
 二人の戦いを見ている途中で、タトエが使っているカードは自分の使っていたカードだと気付くと、カクヤは苦笑せざるをえなかった。こっそりとカクヤの部屋から拝借したのだろう。その点については後ほど声をかけておかなくてはならない。
 だけど、いまは真剣に楽しんでいるナルカを見守りたかった。
 サレトナのいるところに目を向けるとユエニと談笑していた。大分見慣れてはきた猫を八枚ほど重ねて被っている様子は品がよく、誰もが思い浮かべる令嬢の姿だった。
 カクヤはクシクのところに行こうとする。
 その時だ。
 来客を知らせる鐘が鳴った。ユエニが立ち上がり、応対のため玄関に向かう。
 玄関から聞こえてくる声は小さいが険悪な響きを帯びていて、カクヤはついに来たかと、諦めの境地で玄関まで歩いていく。
 父はカクヤのために望まれぬ来客を帰してしまいたいのだろうが、それが叶うと手ひどい禍根が生まれることをカクヤは理解していた。
 いずれは向き合わなくてはならない相手だ。
 カクヤは父の後ろから声をかける。
「お久しぶりです。ギーデンノーグさん」
 隙間の向こうには相手を圧するほど鋭い青い目をした女性がいた。口元は苦く引き結ばれている。会いたくない相手ではあっても、カクヤとは会わなくてはならないと決めている表情だ。
「久しぶりね。そちらも元気そうでよかったわ」
「ありがとうございます。ご用件は」
 遮る父の前に立って、カクヤはサフェリアの母であるキルシカ・ギーデンノーグと向き合う。すでに身長差はカクヤが見下ろす側だ。それでもキルシカからの威圧はなくならない。
「わかっているでしょう。サフェリアの墓には絶対に来ないで」
「サフェリアさん?」
 ぽつり、と洩らしたのはタトエだった。キルシカの鋭い目が室内に向く。ナルカはタトエの服をつかみながら踏ん張った。
 キルシカは今度はタトエに焦点を合わし、当然の疑問を向ける。
「どうして、サフェリアのことをあなたが知っているの? その上でカクヤのオトモダチをやっているというの?」
 タトエは答えあぐねている。サフェリアと会ったことがあるというのに、墓という単語が突然出てきて説明に困っていることが伝わってきた。カクヤもその点を、今この場でどのように説明したら最善なのかわからない。アラタメの家には困惑ばかりが滲み、キルシカの目は酷薄さを増していく。
 一歩、カクヤの隣に進み出たのは、この騒動に無関係のはずのサレトナだった。
 サレトナは薄紅の花の微笑みを見せて、キルシカに慎ましやかな衝撃を与える。
「初めまして。サレトナ・ロストウェルスと申します」
 キルシカの顔が歪む。ロストウェルスの存在をこの場で聞くのは、キルシカにとって苦いことだろう。
 目前の女性の不愉快を軽やかに飛び越えながら、サレトナは言葉を続けていく。
「サフェリアさんのことについては、どのように申したらよいのか……かつて、ロストウェルスにも訃報は届き、大変な驚きをもたらしました。とても優秀な神聴士としての素質をサフェリアさんはお持ちで、ルリセイの発展には欠かせないと言われた方だったとお聞きしています。タトエさんも、ヘキサの司聖長のご子息ですから。どこかでお耳になされたのでしょうね」
 サレトナの冷静かつ滑らかな発声は聞く者の心を落ち着かせていく。キルシカからも荒ぶる気配は薄れていった。
 しかし、決して彼女の怒りがなくなることはない。キルシカの怒りの波動を前にしても、動じることなくサレトナは厚みのある言葉を重ねていく。安易な同情でも、軽薄な慰撫でもない。
 ただ、この場はサレトナによって支配されていた。加勢することも、否定することもできない。サレトナの言葉に耳を傾けることこそが正しいと、思考を委ねてしまう。
 キルシカはしばらくサレトナの言葉を黙って聞いていた。話が区切りを迎えたところでカクヤとサレトナに背を向ける。
「カクヤも随分と、女をたらしこむのが上手くなったものね」
 一刺しの言葉を付け足すのを忘れないまま、キルシカはアラタメの家から去っていく。そう思った直後だった。
「あなたもカクヤの刀で首飛ばされないように、気をつけなさいよ」
 明確な敵意だ。カクヤは突きつけられた言葉の鋭さにうめきそうになるのをこらえる。
 こらえられたのは、サレトナがカクヤの手に自身の手を添えてくれたためだ。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、ありえませんわ。カクヤが私を傷つけるなんてこと」
 扉は強い音と共に閉められた。
 カクヤは動けない。

第八章第十話



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