午後の授業のために、ソレシカはタトエを迎えに一年生の教室へ向かった。手にはノートとペンケースを提げている。
高い身長を生かして周囲を見渡していると、可愛い琥珀色の少年はすぐに見つかる。歩きながら、タトエの隣には一人の学生がいることに気付いた。
以前、あの仮面奇人であるセキヤという学生に立ち向かった学生だ。黒髪で、眼鏡をかけている。
タトエよりも先にソレシカに気付いた学生は声を上げる。
「あ、先輩はん。こんにはー」
ずれた口調の学生だった。敬語とも、そうではないとも言いがたいが、苛立ちが湧くことはない。
「はい、こんには。君は、あのとき仮面奇人に挑んだ」
「万理・タンガーといいます。ソレシカ先輩」
「どうして俺の名を」
タトエを見ながらソレシカが尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。
「はい。タトエはんから聞きましたわ」
自分のいないところで、タトエが自分についての話をしていた。そのことにソレシカは感動する。
「タトエ」
喜びのあまりに声をつまらせていると平坦な口調で言われる。
「チャプターのことを教えてくれ、と言われただけだからね」
「敵情視察に簡単に乗るなよ。まあ、タトエの口から俺の名前が出たから許すけど」
上機嫌なままのソレシカにタトエはこれ以上触れることはしないと決めたようだった。万理はにこにこと笑ったままなので、内心では何を考えているのかわからない。
教室の入り口で小さな三角形を作っていたら、言われた。
「邪魔です」
聞き覚えのある冷徹な声にソレシカは身構える。振り向くと、触れたら切れそうなほどの鋭さで整えられたアユナがいた。
以前のように舌鋒を喰らわせられると思っていたのだが、アユナは冷めた一瞥を向けただけで去っていく。
次の授業のことを考えて、ソレシカ太刀も移動することになった。思いがけず、後輩二人をソレシカが引率する形だ。
ソレシカが万理にアユナはいつだって先ほどのような冷たい態度なのかを問いかけると、首を傾げられる。
「アユナはんも厳しいお人やから」
「俺に当たりが強い気がするんだが、人間嫌いなのか?」
万理は曖昧に頷いた。はっきりと断言はしかねるが、嘘も吐けないといったところだ。
ソレシカは納得ができた。
あれだけ整った容姿をしていると、それだけで嫌な目に遭うことも多かったのだろう。無遠慮な好意を寄せられて辟易したことも少なくないはずだ。とはいえど、自身のタトエへの感情は純粋なる好意なのでそれまでもざっくばらんに扱われると傷つくものがある。
「あとは、アユナはセキヤ先輩の弟だから。目立つみたいだね」
「なるほど、いけ好かないわけだ」
「人の友人にそういうこと言わないでよ」
タトエに厳しく叱られた。素直に頭を下げる。
「ごめん」
渡り廊下を歩き、二階にある修練場へ移動する。すでに学生は集まっていて、いくつかのチャプターに分かれていた。
万理も清風たちを見つけると、挨拶をしてタトエから離れていく。
二人きりになったソレシカとタトエは、カクヤとサレトナを探した。
右奥で、設備として用意されている椅子にカクヤとサレトナは座っていた。サレトナがホワイトボードに置いてあるマグネットを動かしながら、カクヤに向かって話をしている。どうやら戦術の相談らしい。
カクヤはソレシカたちに気付いて手を上げる。
「よ」
「うぃーす」
「サレトナ、今日は氷をありがとうね。おかげでお弁当も美味しかったよ」
「どういたしまして」
それぞれ話を済ませると、ノートとペンケースからペンを取り出した。
今日の授業はスキル作成になる。事前に考えていた技、聖法、魔法、魔術のいずれかを一つの技術として完成させることが目的だ。来月の雨月に行われる戦闘実習でも必要となり、また日常生活や非常時において役立てる技術であるかが評価の肝となる。
「今日はどういう組み合わせで考えようか」
タトエが切り出す。前回の授業では個人のスキルを考えていたため、今回は二人で組み合わせた複合法術を編み出そうということは決めていた。
「そうだな。サレトナとソレシカを組み合わせてみたい。多分、戦闘実習のメインの攻撃方法はそこになる。だから、二人でなんかこう格好良い技を考えてくれ」
「曖昧なのに難易度高いこと言うな」
ソレシカは笑いながら了承した。サレトナに視線を向けると、頷かれる。
いままではタトエとばかりだったために、サレトナと組むのは初めてだ。
ソレシカはサレトナに向き直った。
「よろしく」
「ええ。さて、二パターンは考えないとね。ソレシカの特異体質があるから」
さばさばとサレトナは行動を開始した。
サレトナの言うとおり、ソレシカは聖魔力抵抗倍増の日と無効の日があるため、それぞれの場合に応じて考える必要があった。
カクヤとタトエ、ソレシカとサレトナに分かれる。
ソレシカはカクヤの座っていた椅子に座りながら、問いかけた。
「サレトナは何が得意なんだ?」
「攻撃なら、氷と闇ね」
「氷魔術は何度か見たことがあるけど、闇の攻撃魔術ってどういうのがあるんだ?」
サレトナは説明を始める。
他の魔術と同じく、闇のエネルギーを扱いながら物理的な攻撃を与える魔術がまず、一つ挙げられる。それ以外には闇という特性を活かして相手の聖力や魔力に直接影響を与える、吸収や減退型があるという。これらは相手の聖魔法術の威力を減衰させる効果がある。最後に、術者が対象の精神に干渉する闇魔術もあるという。
「なかなかえげつないな」
「ええ。ひどいことをするから、私は最後の魔術はあまりやりたくないの。使うのも、使われるのも気持ち悪いじゃない」
もっともな意見だった。
「あと、精神干渉の闇魔術は相手の感情や思考と同調することも必要なの。同調が成功すると、相手はもうこちらのマリオネットになってしまうし、その状態で精神を攻撃したら効果は跳ね上がって、癒えない傷を残すことになるわ。そこまでしたら、多分、セイジュリオにいられなくなるわね」
「闇魔術を使うとしたら物理的な影響か、吸収、減退型のどちらかだな」
消去法で方向性を定めていきながら、ソレシカはふと思いついたことをサレトナに尋ねてみた。
「精神の同調で、味方の聖魔力や攻撃力を上げるとかはできないのか?」
「できるでしょうけど、タトエの方が向いているわ。聖法で加護を与えてもらった方が早いもの」
「難しいな」
闇魔術を使用する相手を見るのは、ソレシカにとってサレトナが初めてだった。その闇魔術は使い方も使い道も工夫が一つも二つも必要そうだ。氷魔術に切り替えるという選択もあるが、氷魔術は弱点も多い。例として、相手に炎魔術の使い手がいたら即座に反撃される。
ソレシカが周囲を見渡すと、タトエとカクヤは順調に盛り上がっていた。自分には滅多に向けることのない、純粋な笑顔をタトエがカクヤに見せているのにはつまらなさも覚えるが、仕方ないという気にもなった。
他のチャプターはといえば、すでに技を考えたのか、フィリッシュと万理が手合わせをしている。フィリッシュの鋭い蹴りを万理が大きな槌で弾いているのが印象的だった。
修練場の床や壁は特殊な灰色の素材でできている。踏ん張りはきくが、受け身を取ったときに怪我をするほど硬い床でもない。魔力なども壁にかけられている赤い布が弾くので、いままで大きな事故は起きたことがないそうだ。
「ソレシカ?」
サレトナに呼びかけられて、思考が逸れていたことに気付く。頷いて、向き合った。
「ねえ、私じゃなくて。ソレシカならどういう方法で、どれくらいの範囲、対象を相手にすることができる?」
「無効の日なら、近距離で一気に相手の一人や二人を制圧した方がいいだろうな。貫通の日なら、いつもは距離を空けながら、カクヤにしたみたいに範囲攻撃をしていく」
「そうなの。だったら、今回は中距離範囲攻撃から絞ってみようかしら。そちらの方が、私の魔術と合いそうだから」
サレトナは素早く思考を切り替えていった。意外でもないが、判断と思考の速さはカクヤよりもサレトナの方が断然に上回っている。その違いは彼と彼女が窮地に居合わせた際の差の違いのようで、ソレシカは少しだけ複雑な心境にもなった。
いまそれを指摘することはできないので、相談を再開する。以前に、カクヤに「落水ノ絶」という技でソレシカが攻めたところを起点として考えていった。
まずはソレシカが大技で相手をひるませる、または場を壊すなどして環境を変えた隙に、サレトナの闇魔術で広範囲の相手にダメージを与えるといった技術が有力となった。基本が組み上がったら、時と場合と相手によって氷魔術で代替可能な技術にする。だが、基本の魔術を闇魔術にしたのは、先ほども挙げられたように氷魔術に頼りすぎると炎魔術で対抗されること、また氷自体を砕かれたら意味が無いという判断をなされたためだ。
とはいえ、闇魔術も聖法で威力を減退させられる、防がれることがあると不利になるため、サレトナとソレシカの複合技術はソレシカの物理技が鍵となる。
そこまで打ち合わせて、サレトナは納得がいったようだ。
「うん。この闇魔術に付与効果をつけられたら、実戦以外にも役立ちそうね。たとえば、恐慌状態の人を落ち着かせるようにするとか。強引だけど眠らせるとか。ソレシカの技も、災害時に距離を置いて瓦礫をどかすのとかに応用できそう」
「あ。人助けの観点は忘れてた」
「評価に響くわよ」
サレトナに厳しく言われて、ソレシカは腕を組んだ。
スキル作成の授業は、戦闘実習に備えて技術や技法を編み出すことだと思われているが、本来の目的は技術向上や改善のための授業だ。新しい技術を編み出すだけではなく、他の人も使える応用性が後半に進むにつれて問われてくる。完全に同じ技術を使える必要は無くとも、同じ理論で他者が扱えるようにできるのかが重要だ。
ソレシカの技も、同じ筋力を持つ相手でなくとも、扱えるように工夫しなくてはならない。その辺りを考えるとまた頭が痛くなった。だが、できないことをできるようにしていくのも、学びなのだろう。
「俺と違って、カクヤは誰でも使えそうな技法を考えそうだよな」
椅子から立ち上がって、奥側の試合の場へ移動しているタトエとカクヤを見ながらソレシカは言った。サレトナは浮かない表情を浮かべている。
「そうね。誰にでも、できることをカクヤはいつも考えているわ。あとは、他の人がやりたくないけれど自分がやれることを。本当はカクヤだけができる、カクヤのやりたいことがあるはずなのに」
「やっぱりその点は気になるよな」
これまでの行動を見ていると、カクヤは平凡だ。制服作成の時に仕立てに訪れた女性にずばずばと「君の作るものはつまらない」と言い放たれるくらいに、抑制的だった。
だが、短い付き合いで見ているとカクヤの本来の性質はもっと違うものなのではと感じる瞬間が多々ある。呑気な性格に変わりはなさそうだが、主張したいこと、やりたいことなどを隠している。もしくは、他者を優先させている。その抑制に当の本人は欠片も気付いていない。他者から指摘されて、ようやく自身をいぶかしんでいる段階だ。
ソレシカはタトエへの愛に素直になっている。サレトナはセイジュリオでの生活を楽しんでいる。タトエもまた、自身の興味関心に素直になって対人関係や趣味を広げていた。
カクヤはその輪に加わらない。外から寂しそうに、だけれど笑いながら応援している。
本来なら、カクヤも自身のしたいことに向かって駆け出したいだろうに。
「ま、カクヤを振り切らせようとするのなら、サレトナが発破をかけるのが一番いいだろうさ」
「どうして?」
「愛は人を変えるから」
さらりと事実を伝える。
サレトナはというと、頬をほのかに染めながら、眉を寄せて言い放つ。
「ソレシカが言うと、説得力があるわね! でも、お生憎様。私とカクヤはそういうのじゃないもの」
拗ねたようにそっぽを向かれるが、サレトナがカクヤを意識しているのは傍から見ていると、微笑ましくなるくらいに明白だ。タトエほど応援する気はなくとも、勘付いてしまう。
そうしている間に、カクヤとタトエに呼ばれる。二人はすでに術法を考えついて実践に移していたようだ。
ソレシカは不機嫌なままのサレトナを引っ張りながら、カクヤたちのところまで歩いていく。
「なにか考えついた?」
「何かはな。そっちはどうなんだ?」
カクヤとタトエは頷き合うと、体勢を整えた。
まずはカクヤが聖歌を唱える。
「彼の者の祈りのために祈る」
白い光がタトエを包み込んでいく。その間にも、タトエは自身の聖法を編んでいった。カクヤに向かって、手を差し出す。
「敬遠なる星の輝きを」
今度はカクヤの周囲に丸い光が生まれた。ソレシカは試しに、指の関節でカクヤを覆う光を叩いてみる。ほわん、と反響した。
それだけだというのい、カクヤとタトエは自慢げだ。
「災害時や緊急時には、空からの落下物を防いだり、周囲が火事とかになっても使えるように、一定の条件を満たさない限り、壊れず通さず守り切る障壁を作ってみたよ。まあ、実際にその効果を発揮するにはもっと改良しないといけないけどね」
タトエが説明した。
「戦闘実習とかでは、サレトナの周囲とソレシカ、俺とかに一度このバリアを張るというわけさ。ある程度のダメージは軽減できるはずだ」
「考えたわね」
サレトナは納得しながら、タトエが張る障壁について検分している。どれだけの強度があり、何回ダメージを中和できるか測っているようだ。
「こっちとは正反対だな」
ソレシカとサレトナが攻撃を任されたのと違い、カクヤとタトエは防御特化で今回のスキルを考えていたようだ。
感心している間に、ソレシカとサレトナの「なんかこう格好良い技」についての説明を求められた。サレトナが、今回はソレシカがダメージ貫通の際に、中距離広範囲攻撃を考えていたことを説明する。
「次の時には、俺が聖魔力無効の時の特攻用スキルも考えるけどな」
「そうだね。今日はこれくらいで、内容をまとめて申請しようか」
各自、手持ちのノートに今日考えたスキルの技術法名と、内容をまとめていく。その後は空板を起動させて、申告した。スキルを考える授業とはいえ、危険性の高い技術法を際限なく生み出すわけにはいかないので、監査が必要になる。
カクヤのスキルに関しては使用許可が短時間で下りた。タトエも同様だ。
しばらくしてから、ソレシカの技も許可が下りるが、サレトナには中々許可が下りない。待っている間に、カクヤとタトエは聖法の練習をしていた。防ぐ前に攻撃されて散ってしまったら意味が無い。
カクヤの聖歌は二秒ほどで、その後にタトエが指で陣を描いて、障壁を編み出す。合わせても五秒ほどだ。さらに短縮が、必要になるだろうと相談している。
サレトナの術の承認はまだ下りない。
それどころか、いままで別のチャプターで話をしていたローエンカとヤスズが揃ってサレトナを尋ねてきた。
ローエンカは眉を寄せて、明らかに困った表情を浮かべている。サレトナの前に立つと、気まずさと厳しさの入り交じった声で言う。
「ロストウェルス」
「はい」
「今後、セイジュリオ内において、闇魔術の使用を禁じる」
「どうしてですか」
サレトナは珍しく反抗するが、ヤスズが落ち着くようになだめる。
「闇魔術だから、と差別しているのではありません。ただの判断でしたら、貴方の自償魔術もすでに取り上げています。ですが、今回申請された内容から察するに、ロストウェルスさんの闇魔術は深くて昏い相当な威力を持つものになります。威力と危険性を鑑みての、判断です。それにロストウェルスさんには氷魔術もあるでしょう。月魔術までは良しとするので、どうかセイジュリオでは闇魔術を使用しないでください」
反論しても無駄だと悟ったのか、サレトナは「わかりました」と答えて了承した。
その場でサレトナの空板を起動させると、闇魔術に関しては全て打ち消し線が引かれている。
神が起動を止めた。
制止の意思が明確に伝わってくる打ち消し線の行の束は、一種の恐ろしさすら見る者に与えてくる。普段は恵みを与える神が、その慈悲を停止させた結果が、いまソレシカたちの目にしているものだった。
「まあ、今回はこっちの説明ミスもあるから。ロストウェルスはスキル提出じゃなくて、既に所持しているスキルの提出でいい。気分の悪い思いをさせてすまなかったな」
それだけを言い残して、謝罪してからローエンカとヤスズは去っていった。
サレトナはまだうつむいている。自身のしたことを恥と感じているのか、ソレシカの足を引っ張ったことを申し訳なく思っているのかは不明だ。
「でもさ、よかったよ」
カクヤの言葉に、サレトナが顔を上げる。
「なにが良かったのよ。私は、一気に役立たずになったじゃない」
「いや。良かったよ。戦闘実習前に闇魔術が使えないことがわかって。その場でだめだ、って言われたら、戦術の立て直しどころじゃないだろ? それに、サレトナは手数が減るだけ、周囲を見渡すことができるから。サポート、よろしくな」
カクヤの言葉によって納得はできたのか、サレトナは言葉を返さなかった。椅子に座って。まだうつむいている。
タトエとソレシカは黙って視線を合わせるしかなかった。
今日の授業が終わる。
第四章 鳴り響け青き春の旋律よ 一括掲載版
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