第三章 出逢った音は千変万化の色を鳴らして 一括掲載版

 森の半ばにある教会の浅瀬にて、セキヤは壁に背中を預けて待っていた。
 教会のある「千夜の森」はセイジュリオが所有している。聖魔付与に使う材料を集めるために利用され、もしくは転入学試験の時のように戦闘実習や探索の場の舞台となる。自然の恵みと聖魔力の循環が共存している貴重な場だ。
『それで、今日はどうだったの?』
 上から落ちてくる声にセキヤは明るい声で返した。
「貴方が目をつけただけはある。だが、まだそこまで強いとは思えないな」
『そこはこれからに期待ってことで』
「これからを待つのはいいが、時間の融通は可能なのか? あまり余裕はないと聞いているが」
 下りてくる声は沈黙した。
 上位存在のものの見方は良く言うのならば長期を見据えていて、悪く言うのならば悠長だ。人にはそれほどの猶予はないとされるというのに、とセキヤは憂えてしまう。
 そのことを、大抵の人や類人種は知らない点が一層悩ましい。
「罪業は澱んでいる。これから、どうするのかも聞きたいのだが」
『んー。あれこれしたいけど、まだ動けないからなあ。私。セキヤくん、ぶった切ってきてよ』
「仕方ないなあ」
 刀を振るう機会は多いほど望ましい。満更ではない声音でセキヤは応えた。
 教会の扉が開く音がする。薄闇の中、入ってきた人物を確かめたセキヤの顔が輝いた。
「わざわざ、僕を訪ねに来てくれたのか? ここまで来なくとも、会おうと思えばすぐに会えるというのに」
「呼ばれただけだ。馬鹿兄貴」
 冷たく言葉を跳ね返したのは、セキヤとは異なる美貌の少年、アユナだった。
 アユナは真っ直ぐに偶像に向かって歩いていく。教会の中心で柔らかく見守る像の前に立った。
「また、預言ですか」
『うん。いずれ来たる災厄のためにね』
 内容とは正反対の軽さで言葉は落ちてくる。
 絢都アルスがどうなろうともこの上位存在は構わないのだろうか。そういった危惧をしてしまいそうになるが、そこまでの油断はないとセキヤは信じたい。
「僕は面白おかしい毎日を送りたいだけなのだが」
『仕方ないよ。ロストウェルスの姫御子がこちらに送られてしまったからね。あーあ。先手を打たれたなあ』
 残念そうな口ぶりだというのに、やはり呑気だ。
 まだ余裕を気取ることができるというのならば、この上位存在は未だ訪れる災厄に対抗する手札を隠し持っているのだろう。
 セキヤはその手札の一つとして、今日出会った蒼い青年があるのだろうと予想を立てている。
 勝つことも負けることも選べない、中途半端な刀士。だけれども、放っておけない影が見え隠れしている。
 そして、その影は強い光に転じる可能性があった。
 しかし、いまカクヤについて尋ねても声ははぐらかして終わるだろう。協力関係ではあっても、上位存在は全てを事細かに説明して人を導いてはならない。
 アユナに託される預言の内容が曖昧であるのも、それが理由だ。
 声はいま、アユナにのみ語りかけている。セキヤは内容を聞き取ることができない。いままでは、セキヤにも語りかけるつもりが声にあったために、聞こえていた。だけれど、上位存在との感応する力はアユナが上であるために、狭められるとセキヤは弾かれる。
 不満はない。
 あるのは、愛しい弟を守るという昔からの決意だけだ。
 アユナは膝をつくと頭を下げて、預言を受け取った証明を見せる。
『では、よろしく頼むよ』
 軽い調子で最後の言葉を落とし、声は去っていった。
 アユナは教会を出て、帰路につくようだった。セキヤも隣に並ぶ。それだけで険しい視線を向けられるが、気にしない。気にしていたらアユナの兄などできはしない。
 不服ではあるようだが、アユナも文句は言わずに、真っ直ぐ家まで歩いていく。
 月に照らされる影は長かった。


第三章「出逢った音は千変万化の色を鳴らして」 終  



 

>第四章「■■■」



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