なし崩しに始まる試合に、ローエンカは肩を落としながらも真面目に審判を務めるようだった。
「では、始め!」
先手に出たのは清風だ。剣による正面からの攻撃を仮面の奇人は避けることなく受け止めて、力のみで跳ね飛ばした。
清風は修練場の床に叩きつけられる。起き上がらない。
一瞬の攻防以前の、圧倒的な力の差に場は二度目の静けさを迎えた。
静寂のまま時間が過ぎていく。はずはなく、清風と同じチャプターであるフィリッシュが蹴りにより仮面の奇人に向かっていく。リーダーの仇を取るためか、果敢に立ち向かっていった。
その間にユユシの仲間と思われる、黄色い肩当てとリボンを付けた黒髪の学生が攻撃に参戦した。ルーレスはフィリッシュに補助の魔法をかけている。聖法かもしれなかった。離れた場所からでは判別がつかない。
フィリッシュの猛攻とも言える拳と蹴り、黒髪の学生による槌の攻撃が双方から削っていく。動きを目で追うだけで精一杯だ。
だというのに、仮面の奇人は攻めてくる相手にも傷一つつけずに全ての攻撃をいなしている。最初の一撃で清風を降参させたのは面白くないことだと感じたのか、あえて受けに回る時間を延ばしていた。
なんだ、あれ。
カクヤは心の臓がせわしなく動くのを感じていた。ばく、ばくと強く脈を打つ。
唐突に授業に乱入してきた迷惑者だというのに。戦う姿に、見惚れている自分がいる。
「くだらない。スィヴィアはあれの誘いに乗るなよ」
反して、クロルは冷静に釘を刺す。だけれど、また一人と仮面の奇人との戦いに加わっていた。
「一人、加わってないか」
「頭が痛い」
カクヤが後ろを振り向くと、ソレシカもいなかった。赤い髪をなびかせながら、戦いに加わっている。タトエが「止めたんだけどね」という顔をしていた。
すでに六対一という多勢との戦いになっているにも関わらず、仮面の奇人は余裕の表情を崩さない。刀を一閃、するだけで風が奔り、立ち向かっていた全員がその場で膝を突く、もしくは腕で防いでこらえていた。
仮面の奇人は満足そうに刀を下ろす。
「ここまで戦えるなら、十分だ」
「だったら帰ってくれよ」
嘆きの声は聞き届かれることはなかった。
仮面の奇人は悠然とした歩みで、一歩ずつ近づいていく。
カクヤの前で立ち止まった。
「君が、カクヤ・アラタメか」
「そうだよ」
「戦気があるのならば武器を取れ」
カクヤは刀に手を添えたまま、抜かなかった。仮面の奇人は意外そうな顔をする。当然、抜くと思っていた顔だ。
だけれど、カクヤの背後から氷の一撃が跳んでくるのを見て取って、仮面の奇人は動いた。動きに合わせてカクヤは仮面の奇人に斬りかかる。
「連携とは面白い。だが」
刀は受け止められた。力を込めても微動だにしない。先に力を抜いたのは、仮面の奇人だった。刀を鞘に収める。
「気は済んだか?」
「ああ。大体は把握した」
ローエンカが手を叩き、周囲の注意を集める。
「いきなりすまなかったな。これは、授業でも教師側のパフォーマンスでもない。あれの好奇心が為した行動だ」
「自己紹介は自分でするから結構」
言って、仮面の奇人はいままで付けていた仮面を外す。
銀の髪は変わらず、輪郭になびいて落ちていき、鼻筋は通って唇は紅の花で濡らしたかのように赤い。強く焼き付くのは、瞳だ。菫色をした、過酷な困難を前にしても折れない目から視線を外すことができない。
制服は黒い襟を立て、肩当てとリボンは赤の色をしていた。裾は長い。これまでに見た、どの生徒よりも風格があった。
雪花をまといても菫は誇る厳寒の極。
どれほど雪が舞い散る中であっても、目前の菫は沈黙と誇りを胸に佇んでいるのだろう。
それほど、見目麗しい青年だった。
「セイジュリオで最も美しく、強靱かつ華麗で、美しい。それこそが僕。セキヤ・トライセルだ!」
「いま美しいって二回言わなかったか」
「言った」
カクヤとタトエが小さな声で話すのだが、聞こえていたらしく、セキヤは胸を張る。
「事実だからな!」
本気であるから、性質が悪い。
その場にいる全員の心が一つになった。
「皆の実力を測らせてもらったが。まだまだこれから、というところだな。特にそこのカクヤ・アラタメ」
言い切られ、視線が集まる。
カクヤはせめて怖じけずにと、真っ直ぐにセキヤを見返した。
「君は心に戦う前から負ける癖が付いている。まずはそこを改めろ。ではな!」
あとは何も言うことはないとばかりに、セキヤは立ち去っていく。その背中を見送りながら、嵐が去っていたことにようやく安堵した。
ロリカが全員の心境を代弁する。
「ローエンカ先生。セキヤ、という方は」
「本人の言うとおり、でたらめに強い君たちの先輩だよ」
「ローエンカ先生とどっちが強いんですかー」
フィリッシュの後に加勢した黒髪の生徒の質問に、ローエンカは頭をかく。
「俺、と言いたいところだが。正直わからんな」
カクヤは気の抜けた会話を聞きながらも、セキヤの言葉を思い出していた。
負ける癖。
目を向けないようにしていた事実を正面から皿に乗せて突きつけられて、動揺しないはずがない。だが、言われてわだかまりが薄れたことも確かだった。
一瞬の攻防の隙に、負けに傾く弱さが自分にはある。
「カクヤ」
サレトナが隣に来てくれた。心配そうに、見上げてくれている。
「ありがとう」
「大丈夫だ」とは言えないカクヤをサレトナは心配してくれていた。
それが、嬉しかった。
>第三章第十二話