平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第六話

 いままで考え事をしていたことに気付かれたくない。
「私はサラダ系にしようかな」
「勝手にしろ。どうせ太るんだ」
「わりと運動しているから、これくらいなら問題ないわよ」
 アユナの険のある言葉をさらりと流すマルディの反応を見ていると、この二人は案外息が合うのではないだろうかと、タトエは思ってしまった。
 それぞれ、頼むクレープを決める。路地に向かって開けている受付へと、一人ずつ注文していった。
 タトエはキャラメルアップルクレープで、万理はチョコレートバナナを選んだ。アユナはシナモンティーにして、マルディはチーズフランクだ。
 店員は奥にも声をかけて、クレープを作り始める。五分ほど経つと全員のクレープが揃ったので、店の前のスタンドテーブルに輪になりながら食べ始めた。
 タトエはクレープをかじる。とろけたキャラメルのかかった林檎の味がしゃくりと口いっぱいに広がって、先ほどまでの思考は遠ざかっていった。
「皆さんは、夏休みはどうするんです?」
「俺は読書百冊」
「それ、一年の目標じゃない? どっかいったりしないの」
「この夏はずっとアルスにいるから。外へ出かける用事も特にないしな」
 薄いクリームの広がった、シナモンの甘さとは違う優雅な香りを漂わせながら、アユナは言い切った。
「ある意味優雅ね。私は、海に行きたいかな」
「青春ですなあ」
 ほのぼのと答える万理の頬にはクリームがついてた。指摘をすると、くすぐったく笑われて指先で拭う。
 この場に、万理がいて良かったとタトエは改めて実感した。決して目立ったり派手な少年ではないが、場を緩ませる和やかさが万理にはある。
「そういう万理は何かするの?」
「んー。宿題が無事に終わりそうやったら、アルバイトはしたいです。タトエはんは?」
「やってみたいことが沢山あってね。悩み中」
 夏休みについての話題から、今日の学術試験の出来について、そして普段のセイジュリオでの生活などを話しているとあっという間に時間は過ぎ、クレープも食べ終えた。
 腕時計を見たマルディは一歩下がり、軽く頭を下げた。
「今日はありがとう。またね」
 そうして、思いがけない参加者は去っていった。気が抜けたのか、アユナはテーブルの上に肘を突きながら、息を長く吐いている。万理が距離を起きながら、背中をさする真似をしていた。
「ほら、元気出してくんさい」
「騒がしくないだけまだましだが。よくわからない奴だ」
「同じチャプターなのに?」
「仕事で一緒にいるのと、友情があるのとは違うだろ」
 タトエは苦笑した。チャプターの関係ですら仕事と言い切るアユナはやはり乾いた性格をしている。対して、万理が笑顔なのはアユナから友情を抱いてもらっていることが嬉しいのだろう。
 無料でもらえる水で喉を潤してから、帰り道を歩いている途中でアユナと万理と別れることになった。まだ、アユナはぐったりとしている。遠ざかる背中に向かって手を振りながら、タトエは早く元気になることを祈った。
 一人になる。
 タトエが沈黙の楽器亭に向かって、慣れた風景を流しつつ進んでいると、知っている顔とまた会った。
 サレトナの兄である、クレズニだ。
 黙って通り過ぎるわけにもいかないので、挨拶をする。
「こんにちは」
「こんにちは」
 道の中心で立ち止まるのは交通の妨げになると、脇に移動する。数歩の距離を置いて、視線を合わせたまま、思うことは一つだ。
 気まずい。
 クレズニが初対面の時ほど悪い人ではないのはすでに理解している。しかし、この瞬間に何を話せばよいのかは全くわからない。サレトナの様子を勝手に話すわけにもいかないだろう。
「タトエさん、でしたよね」
 その通りだったので頷いた。
「少し、お話しすることはできませんか?」
 事情があることを察しながらも、タトエは返答に困った。少しの危機感と好奇心が、タトエの足を留まらせようとも、進ませようともしている。
 少しの間、考える。タトエは先ほどのアユナを思い出していた。
 自分の心に、いまどうしたいのかを問いかけてみる。
「はい。できます」
 答えはあっさりと出てきたので、タトエはクレズニについていくことにした。
 おそらく、クレズニが一人で行動しているのならば危険な場所に連れ込まれることはないであろう。また、いままで知りたかったけれども知る機会に恵まれなかったことを質問する、よい機会だ。
 先に歩くクレズニの後をタトエはついていく。英断商路の店は見慣れているが、その中でもかつて辿った道のりを進んでいる気がした。だが、それはないだろうと否定する。行き先があっていたら、タトエにとって都合が良すぎた。
 クレズニは迷うことなく進み、立ち止まった。
「こちらでいいですか?」
 クレズニが示す先に置かれている、雄々しく前を向く像はかつて見たものに間違いない。
 ここは、カモノハシの涙だった。
「ここでいいんですか!?」
 思わず前のめりになって、タトエが聞くとクレズニは少々驚いたようだった。
「はい。私も、以前から来てみたかったので」
 財布の中身が大丈夫かを思い出しながら、タトエはカモノハシの涙に入店する。今日はさほど客がおらず、すぐにテーブル席に案内されることになった。
 クレズニが言う。
「私が支払いますので、好きなものを選んでください」
「ありがとうございます」
 タトエの心中で、クレズニの評価が上がった。大人の振る舞いを見せてもらっている。

>第七章第七話



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