平穏の舞踏と罪業の変奏曲はいずれ 第二話

 終わりを告げる鐘が鳴った。
「はい。それでは試験終了です」
 直前まで解答用紙の上をかりかりと滑っていた筆記具の音が一斉に止む。机の上にペンを置くと、カクヤは後ろから回されてきた解答用紙の上に自身の試験用紙を重ね、前の席に座るロリカへと渡していった。
 ヤサギドリは全ての解答用紙が揃っているか、一枚ずつ数えて確認していく。紙袋に解答用紙の角を揃えてしまってから、言った。
「お疲れ様です。これで、全ての試験が終了しました」
 にこりと微笑み、一礼をしてから教室を出て行く。
 学生だけになった教室には、一気に安堵の声が広がっていった。「ふへえ」や「はあ」といった吐息から、問題用紙を片手に話し始める者たちまで様々だ。
 カクヤは「ふはあ」という情けない声と共に、上半身を伸ばす。
 雨月の講評試合は無事に終了し、前期の大きな試験は今回の学術試験を残すのみであったが、それもいま終わった。様々な意味で終了した。
 あとは返却された解答用紙、それに学期末に配られる成績表に一喜一憂すると前期は幕を閉じる。
 カクヤは机の上に頭を預けた。
 最後の試験は「神学」だったのだが、論述の問題が多くて言葉を絞り出さねばならなかった。普段は使わない場所まで回転させたので、頭が疲労を訴えてきている。
「大丈夫?」
 聞き慣れた声が、あまり心配していない様子で話しかけてきた。カクヤは慌てて顔と体を起こす。
 目の前には、サレトナが怖いものなどないといった兎の風情で立っていた。
 その杏色の瞳を見つめるだけで、小さな手を視界の端に捉えるだけで、妙な火照りを覚えてしまう。
 自身とサレトナの関係も講評試合の夜から、変化し始めているのを感じる。手を繫ぎ、互いの想いを通じ合わせた。
 だけれど、まだ付き合っているとまでは明言できない。
 はっきりとした告白はやっぱり自分からすべきなのだろうかと、カクヤは雨月から星月になる現在まで長らく悩み続けていた。いまだって、サレトナを目にすると考えてしまう。
 カクヤはできるならば前に「おそらく」や「きっと」を付属させたくなるが、そうでなくともサレトナに特別な好意を抱いている。タトエやソレシカ、清風やフィリッシュ達に抱いているのとは全く別の感情だ。
 だけれど、セイジュリオでそのことに触れるわけにはいかなかった。
 カクヤはへらりと笑う。
「疲れたけど、まあ。なんとか」
「良かったわ。一夜漬けで追い込もうとしていたのを止めておいて」
 ちくりとしたサレトナの言葉に追い詰められる。
 カクヤは試験前夜に復習をするため、夜遅くまで起きていようとした。だが、タトエとサレトナに「無駄な足掻きよりも明日の全力」と怒られて、いつもより早い時間に床につくことになった。どちらを選ぶべきかは、今日の試験の出来が明白に教えてくれるだろう。
「それでね、カクヤ。今日で試験も終わったから。私たちのアクトコンに来てみない? セキヤ先輩も『ぜひ連れてくるがいい!』と言っていたから」
「そうだな。放課後に行くよ」
 サレトナは用件が終わったのか、そのまま立ち去っていく。カクヤはその後ろ姿を見送っていた。揺れる、橙の髪が美しかった。
「カクヤ、お疲れ!」
 今度は清風とルーレスがやってきた。
「ああ。お疲れ様」
 ルーレスは言葉にせずに頷くだけだ。普段と全く変わりがない様子から、安定した結果を出すであろう未来がうかがえる。
 清風はカクヤの前の席に座った。
「にしても、ロスウェルちゃんといい感じだな」
「まあな」
 以前ならば、もっと照れ隠しの言葉を清風に返しただろう。けれども、いまは違う。サレトナと近しい感情を抱いている自信がある。だから、妙な恥ずかしさを抱かずに済んだ。
「きゃー! 余裕! カクヤ君が大人の階段を昇っているわー!」
「いつも思うけど、その一風変わった口調は何かな」
「勢い」
 清風とルーレスのぼけとつっこみに、三人で笑う。
 そこで、ふとソレシカがいないことに気が付いた。いつも三人でいると、大抵は混ざってくるというのに、いまは教室のどこにもいない。
 入り口に目を向けたところで、ソレシカが廊下から戻ってきた。カクヤ達に気が付くと、真っ直ぐに歩いてくる。
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
「どっか。で、お前達はまたカクヤで遊んでいたと」
「うん!」
 元気よく答える清風に怒りを覚えることなく、カクヤは苦笑する。
 ルーレスから視線を向けられていることに気付くと、そっと目を合わせて頷いた。
 いつもと変わらなさそうだというのに、ソレシカの態度がどことなく違っている。はっきりと差異を言えるほどではないのだが、普段よりも言葉の端々による切れ味が鈍い。
 とりあえず、四人で昼食を摂ることになった。
 おかしな理由はその時に聞いても良いだろう。

>第七章第二話



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