出逢った音は千変万化の色を鳴らして 第十話

 周囲の学生を見渡すが、種族による特性以外にも各自特殊な個性を持っていることもあるのだろうか。とはいえども、カクヤたちは戦いを主として実習をするわけではない。
 ローエンカの言葉を思い出す。技術向上の一環として、また護身のために戦闘の訓練が必要となった。
 決して、誰かを傷つけるための強さを得るのではない。
「では、それぞれの技を見ましょうか」
 サレトナが手を叩く。各自が最も得意とする、まだ見せていない技を披露することになった。
 カクヤは刀を呼び出して、抜く。距離を取られていることを確認してから、意識を研ぎ澄ませていった。
 刀を教えてもらったのは叔父からで、それ以来最も親しい武器となっている。
 概念として相性が良かったのは炎と判断されたため、現実にはないが必要とされるものを想起するときは常に炎を選んできた。
 あとは、歌だ。常に歌は憧憬の対象だった。
 組み合わせて造り上げた一つの技。
 カクヤは一歩、踏み出す直前に刀を上段に構える。刀に炎をまとわせて、床を蹴ると前方に向かって斜め十字に二度振った。
 最後に、突きを繰り出す。
 それだけだ。
 それだけの、技だ。
 カクヤは刀を下ろす。
「地味だな」
 ソレシカの率直な感想が刺さる。
「悪かったな、一番使い慣れているのがこれなんだよ。『標本火焼』って言うんだけどな」
「そう。十字を突くから標本ね」
「当たり」
 いまは説明として技名を口にはしたが、詠唱を必要とする聖魔法と違い、技は基本として発声が必要ではない。そのため、技を使う時に名前まで言わないことになった。
 手の内を自分からさらすのはよろしくないと気付いたためだ。仲間には行動を共有する必要はあるが、戦う相手にも種を理解されてしまったら、攻撃など簡単に避けられてしまう。
「いや。技が地味っていうか。制服の時も思ったけど、カクヤってもっと派手なことを隠してんだろ」
 ソレシカが話題を蒸し返してきた。カクヤは言葉に詰まる。
 あるには、あるためだ。
 派手な見栄を切るだけの技など鍛錬を始めた頃からいくつも考えている。だけれど、その技をいまここで明らかにするのは抵抗があった。
「そうなの? だったら、もっとカクヤらしい技を見たいな」
「これから一緒に戦うのに、変な隠し事しないの」
 タトエとサレトナにまで詰め寄られる。場をしのぐ術を模索していると、監督しているローエンカから名前を呼ばれた。
 慌てて返事をしてから、その場を離れていくと不満の声が挙げられる。それを背中で聞きながら、カクヤはローエンカの元まで歩いていった。
 修練場の中央に行くと、清風と知らない学生がいた。
 赤葡萄色の髪を両頬に長く垂らして、後頭部では緩く結んでいる。縁の眼鏡の奥にある瞳は朱色だ。真っ直ぐに結ばれた唇から意思の強さがうかがえる。
 制服の肩当てやリボンの色は青だ。
「はい。この人たちが、雨月にそれぞれ君たちの戦うチャプターのリーダーです」
 ローエンカに言われて、名前の知らない学生が先に挨拶をする。
「スィヴィアのクロル・シェンサイトです」
「無音の楽団のカクヤ・アラタメです」
「ユユシの清風・ロックスでっす」
 清風と視線が合うと、腕を直角にして挨拶をされた。カクヤも手を挙げる。
 クロルはといえば腕を組んで冷静に観察していた。
「シェンサイトさんはどこのクラスなんですか?」
「僕は二学年三クラスだ。持ち上がりでな」
 カクヤたちのように、転入学試験を受けていない。一学年からセイジュリオにいるということだ。いままで顔を合わせていないことに納得がいく。
「ま、もう戻っていいから。打ち合わせがんばれよ」
 ローエンカが三人の解散を命じた時だ。
 風が吹き抜けていった。閉ざされていた北の扉が開き、外からの空気が入り込んでくる。
 唐突な変化に修練場にいた全員が顔を上げて、開かれた扉の中心に立つ人物を見つめた。
 幾人もの視線が集う中で威風堂々とコートをなびかせながら、立っている。
 紅色の仮面を付けた青年。
 それは道化じみた姿だというのに、銀の髪は一度見かけたら決して忘れないであろう印象の強さを与えるというのに、滑稽さはなかった。
 受けるのは灼けつく炎帝の強さだ。
 全員が沈黙する中で、ローエンカだけは魔王を目にした宿屋の主人という、形容しがたい表情を浮かべていた。
 仮面の青年が両腕を広げる。
「セイジュリオにようこそ! 歓迎が遅くなってすまない。先生方の準備もあったようだから、今日まで待たせてもらったよ。さあ、誰からでも僕にかかってきたまえ!」
 鞘に収められた状態の刀が向けられる。
 しかし、誰一人、いまの状況を理解していなかった。授業の最中に貴人に映る奇人が乱入してきたことに思考が追いついていない。
 ローエンカとクロルが近づいていくと、仮面の奇人は眉を寄せた。
「む? 誰も僕にかかってこないのか」
「あなたと違って、普通の人は怪しい人にいきなり斬りかかったりはしないものですよ」
「それもそうか。では、そこの。僕の相手をしたまえよ」
 指名された清風は一瞬、驚いた顔をした後に不敵に笑った。
「へえ? いいんすか?」
「ああ。一人ではなく、チャプターでかかってきてもいいぞ。僕はセイジュリオ最強と呼ばれる相手だからな!」
 制止しようとするためか、ローエンカが清風と仮面の奇人の間に割り入る。しかし、教師としての責務を清風は突っぱねた。
「ローエンカ先生、大丈夫です。俺はいきます」
 仮面の奇人に正体に心当たりがあるのか、清風は立ち上がると上方の試合場に向かっていった。仮面の奇人も清風の向かいに立つ。


>第三章第十一話



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