午後は戦闘実習であるために、修練場に学生たちが集う。それぞれのチャプターに分かれながら、自身の能力の紹介を仲間たちに向かってしていた。
カクヤたちによる「無音の楽団」の面々も、壇上から離れた右端の場所に集まっていた。
サレトナが最初に話を切り出す。
「さっき、カクヤにも聞かれたんだけれど。これでも私、危険な目に遭うことがそこそこ。まあ。それなりに多かったのよ」
「そうだとは思っていたけど、聞き流していいとこなのか?」
ソレシカの質問にサレトナは「一旦、置いて」という動作をする。
「その辺りはいまのところ関係ないから。大事なのは、自己防衛の魔術を常時発動しているの。カクヤとタトエは、試験の時に聞いたでしょう」
転入学試験で敵と遭遇する前に鳴った甲高い警報は、試験側の設定によるものではなくてサレトナが原因だったらしい。
カクヤは納得する。
「ソレシカ、試しに私に斧を向けて」
「へい」
ソレシカが瞬時に斧を取り出した後にサレトナへ向かって振りかぶる真似をすると、聞き覚えのある警戒音が響いた。周囲から視線が集まったが、何事でもないと手を振ってごまかす。
「と、いうわけで私は自分を代償にする自償魔術の使い手です」
カクヤはひどい勘違いをしたと、再び悔いる。
自身を傷つけるのと自身を代償にするのには大きな違いは無いのだろう。それでも、サレトナが望んで自分を傷つけていると思い込んだのは手痛い失敗だ。
「さらっと言うけれど、大変じゃない。代償系の魔術なんて」
「まあ、自己防衛は大事だからな。そこは割り切るしかないんだろ」
タトエは心配し、ソレシカは理解を示す。拒絶をされなかったことにサレトナは微笑むだけだった。
話を終えたサレトナは、事前に配られていたボードを床から持ち上げて、広げる。修練場の床に座りながら四人でボードを囲んだ。
「はい、それでは集団戦の役割分担を考えましょう」
二面に分けられたボードに赤い磁石を二つ中心に近い場所に置き、下手の中心に黄色、後列に青を置く。その上にタトエが各自の名前を書いたシールを貼っていった。
ソレシカはあぐらをかきながら言う。
「カクヤは全体見てろよ。リーダーなんだから」
「へーい。ってかいつの間にか決められたな」
「僕もそれでいいと思うよ。ただ、最初の立ち位置はこうなるのだろうけど、実際に乱戦になったら、どう動いたらいいかな。サレトナを守るのか。カクヤたちに加わるのか」
「それだけじゃないわ。敵陣を引っかき回すとか、カクヤたちの補助に回るとか、いくらでも戦い方はあるでしょう」
戦術に関して話は盛り上がっていく。
カクヤは刀と聖歌を主にしていて、ソレシカは斧一辺倒だという。聖法も、魔法も魔術も使えない。だとしたら、ソレシカは前衛に集中させていくことがいいのか、など仮定を立てていく。
タトエは補助系統の聖法を多く身につけていて、攻撃に転じる技も一定の範囲から行える。下手に接近戦に持ち込まないようにするのが賢明に思えた。
サレトナは圧倒的な魔力を誇っている。試験の際に見せてもらった「氷華彩塵」以外にも多様な魔術を扱えるという。
「いっそ、サレトナを固定砲台にしておいて、薙ぎ払ってもらってもよくね?」
ソレシカがサレトナの磁石から真っ直ぐ指を伸ばしていく。
「できなくはないでしょうけど」
「できるんだ」
「氷華彩塵よりも詠唱時間は長くなるけれど、月砕砲とかあるから」
「すごい名前だな」
ロストウェルスの魔術の神秘に感嘆するしかなかった。
様々なことを話していく間に基本の方針は決まる。サレトナは回復と攻撃、タトエが補助に回って場を攪乱し、カクヤとソレシカが中堅以降を守るために攻撃を引きつけるということになった。
戦闘実習に間に合わせるために、技法の公開をする運びになる。その途中でソレシカが手を挙げた。
「言い遅れてたけど。俺は、魔力貫通の時と無効になる日が分かれてっから」
「いきなりなによ」
日に応じて、ソレシカは受ける聖魔法が三倍の威力になる時と全く効果がない時があるということだった。使用する相手が敵味方どちらであろうとも関係なく、受ける損傷も三倍になり、受けないときは欠片も受け付けない。治癒魔法でも同様だという。
貫通の日と無効の日はソレシカが選択できるときもあれば、調子が悪いと「こちらになった」となる日があるとされる。
「器用な体だね」
「いっても、一日は決めた効果が続くから。戦況に応じた切り替えができないのは不便ではあるな」
簡単に言われたが、特殊な性質でもあった。場合によっては活路を拓くこともできる。
「今日はどちらなの?」
「いまは通らない。カクヤと戦った日は、通る日だったからやべってなって止めた」
「なるほどな」
カクヤが炎を使い出したために、斬撃の威力よりも炎を危ぶんで降参した。
理由がわかると納得できることではあった。
「タトエはそういった特殊な何かはあるのか?」
「あのね、誰も彼もが変わっていると思わないでよ」
答えからすると、タトエはごく普通の人間だ。カクヤもサレトナやソレシカのような際立った個性がないため少し救われる。
周囲の学生を見渡すが、種族による特性以外にも各自特殊な個性を持っていることもあるのだろうか。とはいえども、カクヤたちは戦いを主として実習をするわけではない。
ローエンカの言葉を思い出す。技術向上の一環として、また護身のために戦闘の訓練が必要となった。
決して、誰かを傷つけるための強さを得るのではない。
「では、それぞれの技を見ましょうか」
サレトナが手を叩く。各自が最も得意とする、まだ見せていない技を披露することになった。
カクヤは刀を呼び出して、抜く。距離を取られていることを確認してから、意識を研ぎ澄ませていった。
刀を教えてもらったのは叔父からで、それ以来最も親しい武器となっている。
概念として相性が良かったのは炎と判断されたため、現実にはないが必要とされるものを想起するときは常に炎を選んできた。
あとは、歌だ。常に歌は憧憬の対象だった。
組み合わせて造り上げた一つの技。
カクヤは一歩、踏み出す直前に刀を上段に構える。刀に炎をまとわせて、床を蹴ると前方に向かって斜め十字に二度振った。
最後に、突きを繰り出す。
それだけだ。
それだけの、技だ。
カクヤは刀を下ろす。
「地味だな」
ソレシカの率直な感想が刺さる。
「悪かったな、一番使い慣れているのがこれなんだよ。『標本火焼』って言うんだけどな」
「そう。十字を突くから標本ね」
「当たり」
いまは説明として技名を口にはしたが、詠唱を必要とする聖魔法と違い、技は基本として発声が必要ではない。そのため、技を使う時に名前まで言わないことになった。
手の内を自分からさらすのはよろしくないと気付いたためだ。仲間には行動を共有する必要はあるが、戦う相手にも種を理解されてしまったら、攻撃など簡単に避けられてしまう。
「いや。技が地味っていうか。制服の時も思ったけど、カクヤってもっと派手なことを隠してんだろ」
ソレシカが話題を蒸し返してきた。カクヤは言葉に詰まる。
あるには、あるためだ。
派手な見栄を切るだけの技など鍛錬を始めた頃からいくつも考えている。だけれど、その技をいまここで明らかにするのは抵抗があった。
「そうなの? だったら、もっとカクヤらしい技を見たいな」
「これから一緒に戦うのに、変な隠し事しないの」
タトエとサレトナにまで詰め寄られる。場をしのぐ術を模索していると、監督しているローエンカから名前を呼ばれた。
慌てて返事をしてから、その場を離れていくと不満の声が挙げられる。それを背中で聞きながら、カクヤはローエンカの元まで歩いていった。
修練場の中央に行くと、清風と知らない学生がいた。
赤葡萄色の髪を両頬に長く垂らして、後頭部では緩く結んでいる。縁の眼鏡の奥にある瞳は朱色だ。真っ直ぐに結ばれた唇から意思の強さがうかがえる。
制服の肩当てやリボンの色は青だ。
「はい。この人たちが、雨月にそれぞれ君たちの戦うチャプターのリーダーです」
ローエンカに言われて、名前の知らない学生が先に挨拶をする。
「スィヴィアのクロル・シェンサイトです」
「無音の楽団のカクヤ・アラタメです」
「ユユシの清風・ロックスでっす」
清風と視線が合うと、腕を直角にして挨拶をされた。カクヤも手を挙げる。
クロルはといえば腕を組んで冷静に観察していた。
「シェンサイトさんはどこのクラスなんですか?」
「僕は二学年三クラスだ。持ち上がりでな」
カクヤたちのように、転入学試験を受けていない。一学年からセイジュリオにいるということだ。いままで顔を合わせていないことに納得がいく。
「ま、もう戻っていいから。打ち合わせがんばれよ」
ローエンカが三人の解散を命じた時だ。
風が吹き抜けていった。閉ざされていた北の扉が開き、外からの空気が入り込んでくる。
唐突な変化に修練場にいた全員が顔を上げて、開かれた扉の中心に立つ人物を見つめた。
幾人もの視線が集う中で威風堂々とコートをなびかせながら、立っている。
紅色の仮面を付けた青年。
それは道化じみた姿だというのに、銀の髪は一度見かけたら決して忘れないであろう印象の強さを与えるというのに、滑稽さはなかった。
受けるのは灼けつく炎帝の強さだ。
全員が沈黙する中で、ローエンカだけは魔王を目にした宿屋の主人という、形容しがたい表情を浮かべていた。
仮面の青年が両腕を広げる。
「セイジュリオにようこそ! 歓迎が遅くなってすまない。先生方の準備もあったようだから、今日まで待たせてもらったよ。さあ、誰からでも僕にかかってきたまえ!」
鞘に収められた状態の刀が向けられる。
しかし、誰一人、いまの状況を理解していなかった。授業の最中に貴人に映る奇人が乱入してきたことに思考が追いついていない。
ローエンカとクロルが近づいていくと、仮面の奇人は眉を寄せた。
「む? 誰も僕にかかってこないのか」
「あなたと違って、普通の人は怪しい人にいきなり斬りかかったりはしないものですよ」
「それもそうか。では、そこの。僕の相手をしたまえよ」
指名された清風は一瞬、驚いた顔をした後に不敵に笑った。
「へえ? いいんすか?」
「ああ。一人ではなく、チャプターでかかってきてもいいぞ。僕はセイジュリオ最強と呼ばれる相手だからな!」
制止しようとするためか、ローエンカが清風と仮面の奇人の間に割り入る。しかし、教師としての責務を清風は突っぱねた。
「ローエンカ先生、大丈夫です。俺はいきます」
仮面の奇人に正体に心当たりがあるのか、清風は立ち上がると上方の試合場に向かっていった。仮面の奇人も清風の向かいに立つ。
なし崩しに始まる試合に、ローエンカは肩を落としながらも真面目に審判を務めるようだった。
「では、始め!」
先手に出たのは清風だ。剣による正面からの攻撃を仮面の奇人は避けることなく受け止めて、力のみで跳ね飛ばした。
清風は修練場の床に叩きつけられる。起き上がらない。
一瞬の攻防以前の、圧倒的な力の差に場は二度目の静けさを迎えた。
静寂のまま時間が過ぎていく。はずはなく、清風と同じチャプターであるフィリッシュが蹴りにより仮面の奇人に向かっていく。リーダーの仇を取るためか、果敢に立ち向かっていった。
その間にユユシの仲間と思われる、黄色い肩当てとリボンを付けた黒髪の学生が攻撃に参戦した。ルーレスはフィリッシュに補助の魔法をかけている。聖法かもしれなかった。離れた場所からでは判別がつかない。
フィリッシュの猛攻とも言える拳と蹴り、黒髪の学生による槌の攻撃が双方から削っていく。動きを目で追うだけで精一杯だ。
だというのに、仮面の奇人は攻めてくる相手にも傷一つつけずに全ての攻撃をいなしている。最初の一撃で清風を降参させたのは面白くないことだと感じたのか、あえて受けに回る時間を延ばしていた。
なんだ、あれ。
カクヤは心の臓がせわしなく動くのを感じていた。ばく、ばくと強く脈を打つ。
唐突に授業に乱入してきた迷惑者だというのに。戦う姿に、見惚れている自分がいる。
「くだらない。スィヴィアはあれの誘いに乗るなよ」
反して、クロルは冷静に釘を刺す。だけれど、また一人と仮面の奇人との戦いに加わっていた。
「一人、加わってないか」
「頭が痛い」
カクヤが後ろを振り向くと、ソレシカもいなかった。赤い髪をなびかせながら、戦いに加わっている。タトエが「止めたんだけどね」という顔をしていた。
すでに六対一という多勢との戦いになっているにも関わらず、仮面の奇人は余裕の表情を崩さない。刀を一閃、するだけで風が奔り、立ち向かっていた全員がその場で膝を突く、もしくは腕で防いでこらえていた。
仮面の奇人は満足そうに刀を下ろす。
「ここまで戦えるなら、十分だ」
「だったら帰ってくれよ」
嘆きの声は聞き届かれることはなかった。
仮面の奇人は悠然とした歩みで、一歩ずつ近づいていく。
カクヤの前で立ち止まった。
「君が、カクヤ・アラタメか」
「そうだよ」
「戦気があるのならば武器を取れ」
カクヤは刀に手を添えたまま、抜かなかった。仮面の奇人は意外そうな顔をする。当然、抜くと思っていた顔だ。
だけれど、カクヤの背後から氷の一撃が跳んでくるのを見て取って、仮面の奇人は動いた。動きに合わせてカクヤは仮面の奇人に斬りかかる。
「連携とは面白い。だが」
刀は受け止められた。力を込めても微動だにしない。先に力を抜いたのは、仮面の奇人だった。刀を鞘に収める。
「気は済んだか?」
「ああ。大体は把握した」
ローエンカが手を叩き、周囲の注意を集める。
「いきなりすまなかったな。これは、授業でも教師側のパフォーマンスでもない。あれの好奇心が為した行動だ」
「自己紹介は自分でするから結構」
言って、仮面の奇人はいままで付けていた仮面を外す。
銀の髪は変わらず、輪郭になびいて落ちていき、鼻筋は通って唇は紅の花で濡らしたかのように赤い。強く焼き付くのは、瞳だ。菫色をした、過酷な困難を前にしても折れない目から視線を外すことができない。
制服は黒い襟を立て、肩当てとリボンは赤の色をしていた。裾は長い。これまでに見た、どの生徒よりも風格があった。
雪花をまといても菫は誇る厳寒の極。
どれほど雪が舞い散る中であっても、目前の菫は沈黙と誇りを胸に佇んでいるのだろう。
それほど、見目麗しい青年だった。
「セイジュリオで最も美しく、強靱かつ華麗で、美しい。それこそが僕。セキヤ・トライセルだ!」
「いま美しいって二回言わなかったか」
「言った」
カクヤとタトエが小さな声で話すのだが、聞こえていたらしく、セキヤは胸を張る。
「事実だからな!」
本気であるから、性質が悪い。
その場にいる全員の心が一つになった。
「皆の実力を測らせてもらったが。まだまだこれから、というところだな。特にそこのカクヤ・アラタメ」
言い切られ、視線が集まる。
カクヤはせめて怖じけずにと、真っ直ぐにセキヤを見返した。
「君は心に戦う前から負ける癖が付いている。まずはそこを改めろ。ではな!」
あとは何も言うことはないとばかりに、セキヤは立ち去っていく。その背中を見送りながら、嵐が去っていたことにようやく安堵した。
ロリカが全員の心境を代弁する。
「ローエンカ先生。セキヤ、という方は」
「本人の言うとおり、でたらめに強い君たちの先輩だよ」
「ローエンカ先生とどっちが強いんですかー」
フィリッシュの後に加勢した黒髪の生徒の質問に、ローエンカは頭をかく。
「俺、と言いたいところだが。正直わからんな」
カクヤは気の抜けた会話を聞きながらも、セキヤの言葉を思い出していた。
負ける癖。
目を向けないようにしていた事実を正面から皿に乗せて突きつけられて、動揺しないはずがない。だが、言われてわだかまりが薄れたことも確かだった。
一瞬の攻防の隙に、負けに傾く弱さが自分にはある。
「カクヤ」
サレトナが隣に来てくれた。心配そうに、見上げてくれている。
「ありがとう」
「大丈夫だ」とは言えないカクヤをサレトナは心配してくれていた。
それが、嬉しかった。
第三章 出逢った音は千変万化の色を鳴らして 一括掲載版
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