第三章 出逢った音は千変万化の色を鳴らして 一括掲載版

 午前の授業を終えて、カクヤ、サレトナ、ソレシカそしてフィリッシュの四人は外庭で食事を摂っていた。サレトナとソレシカは、宿で作ってもらった揃いの弁当であり、フィリッシュも手作りらしき弁当を持ってきている。
 カクヤだけが売店で購入したサラダクレープに厚切り肉という組み合わせだった。
「わざわざ売店で買うなんて、アラタメはお金持ちね」
「新製品ってあったから、試したかっただけだ」
 フィリッシュの小さな棘のある言葉にカクヤは事実で言い返す。カクヤも普段ならば、三百ロルを払って宿に弁当を作ってもらう側だ。
 フィリッシュはカクヤの反論にも気にした様子は見せない。突っかかりはしても興味は無いようだった。
「サレトナ、そのハム巻きとこれ交換していい?」
「ええ」
 サレトナからの了承を得ると、フィリッシュは野菜のハム巻きと鳥肉のスパイス焼きを取り替えた。早速とばかりに、ハム巻きにかじりついている。
「ノートルとサレトナは幼馴染みなんだよな」
 入学式の時から行動を共にしている二人は故郷も同じで、幼い頃からの繋がりがあると言っていた。フィリッシュも「カイゼンタル」という宿で下宿をしているという。ロストウェルスのある北の地から通うのは厳しいのだろう。
「ええ。ノートルの家はロストウェルスの警備も担当しているから。私も結構、やるわよ?」
 不敵な笑みと共に、フィリッシュはソレシカに向けて拳を突き出した。ソレシカはやんわりといった様子で押さえると拳を下ろさせた。
 長い付き合いだというのならば、フィリッシュもサレトナの自償魔術について詳しいのだろうか。
 カクヤはふと肉を口に運ぶ途中に思い当たるが、ソレシカがいるところでサレトナも聞かれたくないだろうと考え直し、黙った。
 タトエとソレシカにはまだサレトナの自償魔術について聞かれていない。クレズニに声をかけられた時に話はしたが、追求しないでいてくれた。
 カクヤが箸を止めている間に、ソレシカがふらりと肉を狙って箸を近づけてくる。手で覆いを作って防御した。
 それらの攻防を見たサレトナはくすりと微笑んでいる。カクヤもまた微笑を返した。
 最近は晴天が続いているのもあり、外庭は草木が芽吹き始めて清々しい薫りを漂わせている。場所によっては白や薄紅の花が咲いていた。
 のんびりと食事を進めながら、ソレシカが言う。
「今日はこれから、チャプターに分かれての戦闘実習だっけ」
「私のチャプターは強いわよ」
「そればっかりだな」
 ソレシカの相槌にフィリッシュは胸を張る。
「だって、私も皆も強いもの」
 羨ましくなるほどの自信だった。
 サレトナが飲み物を買いに行くと、中座する。ソレシカも食べ終えたので先に戻ると席を立った。
 フィリッシュと二人きりになる。
 青い三白眼と金のツインテールが印象的な少女の食事も終盤に入ったのか、フィリッシュは食べる速度を速めていく。
 その様子を眺めながら、いまが質問をする機会だと思えた。
「なあ。フィリッシュはサレトナの自償魔術について、知っているのか」
 声を潜めながら尋ねると、フィリッシュは箸を止めて頷いた。
「うん。知ってる」
「それって、どういう」
 ものなのか、と続けようとしたところでフィリッシュが自身の口の前に人差し指を立てた。瞳は真剣なものだ。
「気になるのなら、本人に聞いて。サレトナは本当に大変なんだから。支えになりたいっていう気持ちがあるのなら、最後まで傍にいる覚悟を決めてよね」
 正論を言われたカクヤは反省する。繊細な話題であるとはいえ、本人ではない相手に聞くというのも配慮に欠けた行為だ。
 うなだれながら周囲の緑の青さを目に焼き付けていると、サレトナが戻ってきた。同時にフィリッシュがソレシカと同じく場を離れていく。
 今度は、カクヤとサレトナだけが残された。
「フィリッシュ、どうしたのかしら」
「俺が怒らせた」
「カクヤはよくするわよね。そういうこと」
 もっともな言葉に対して何も言えない。
 サレトナは面白がってカクヤの顔をのぞき込んでいる。その笑顔が、愛らしいと同時に意地の悪いものに見えてきた。
「自償魔術って、なんなんだ?」
「あら。ようやく、勘違いに気付いたのかしら」
「意地の悪いことを言うなよ。まあ、俺が間違えてたのが悪いんだけどさ」
 サレトナは顎を両の手の平の上に置きながら「そうね」と小さな声で言った。
「名前の通り、自償魔術は自らが所有しているものを代償にして行う魔術よ」
「それはわかる。ただ、何を代償にしてるんだ?」
「何度も説明するのは恥ずかしいから、タトエとソレシカもいるときに言うわ」
 カクヤの追求はさらりとかわされた。
 あと少しで授業が始まる。カクヤは最後の肉の一片を呑み込んでから、処分するものをまとめて立ち上がった。
 少し先でサレトナの橙の髪が揺れる。
「あのね、カクヤ。自償魔術は許されることではないのだろうけれど。私がすると決めたことなの。だから、前にも言ったけど。あんまり責めると怒るわよ」
 日差しを頬に受けながら、物騒なことを言うサレトナにカクヤは苦笑してしまう。
「意外に強いんだな、サレトナは」
「強くはないわ。負けたくないだけ」
 そう言い切れるだけで、強いよ。
 カクヤは心の中で独りごちた。

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