二千二十三年もあと半月ほどで終わります。
貴方にとって今年はどういう一年でしたか。やりたいことを決めていて、それができたのかできなかったのか。心残りも達成感も、数えればいくらでもあるでしょう。
私は、二千二十三年の初めに本を百冊読もうと決めました。現時点での総数として百三十八冊まで読むことができました。
目標は達成できたことにほっとしています。だけれども、もう少し実用書や教本を読んでスキルを身に付けたかったという反省もあります。
さてここからが本題。
私が二千二十三年に読んだ本の中で個人的ベスト三冊を、選びたいと思います。
分野は「小説」・「漫画」・「実用書その他」です。
面白かった本もあれば、あと少しな本もありました。あまり上から目線にならないようには気をつけていますが、読んでいて楽しい本を作る難しさを思い知った一年にもなった読書百冊越え。
それでは発表です!
【小説】
1.詐欺師はもう嘘をつかない
テス・シャープ著作 服部京子訳 早川書房刊
いきなり一位からの発表です。一度書いてみて、上から下に数が小さくなるよりも順番に書いたほうが読みやすいという体感からの結果です。
さて、肝心の本の内容です。
詐欺師であった母をもつ娘が友人たちと銀行強盗事件に巻き込まれるといったお話になります。
作中で語られるだけでも過酷な人生を生きてきたことがわかる主人公のノーラですが、それは彼女だけに限りませんでした。様々な人が安穏とは遠い日常によって成長していき、それでも花が水と光を受けてまっすぐ伸びることを努力するように現在まで生き延びています。限られた水と光を貪り、それでも自分たちを傷つけてきた人のようにはならない。そういった気高さが感じられます。
当然、その花をむしり取ろうとする人もいるところが悲しいのですが、それらは懸命に生きる人の気高さを損なうものではありませんでした。
話の構成も、過去と現在が入り混じりながらも混乱することなく川を流れる滑らかさで進んでいきました。銀行強盗に対するノーラとその友人、アイリスとウェスの力を借りて出し抜こうとする策略には手を強く握って応援してしまいます。
サスペンスかと思えば、壮絶なるサバイバーの小説でもある今作。
強くなりたいと願う時にはぜひ読んでください。
2.春夏秋冬代行者
暁佳奈著作 KADOKAWA刊
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で一躍名を馳せた方の新作です。といっても、一冊目は数年前に出ていたそうです。どうしてもっと宣伝してくれなかったのですかと本屋さんで衝撃を受けました。
こちらのお話も、美しく自らも他者も奪われることを許容しない、人である神様の物語になります。
現代日本の文化レベルと同じ、だけれど少しだけルールが違う国「大和」が舞台になります。
ルールが違う部分は「代行者」という四季を施し歩く「春夏秋冬の現人神」がいることです。あとは「暁の射手」と「黄昏の射手」という朝と夜を与える存在もいます。
和の幻想的なお話がふんだんに詰め込まれていると思えば、描かれるのは壮絶な神の搾取です。まるで現代の日本を映し出すように崇めていたものを都合の良い道具にして、使い潰したら捨ててしまう人間の醜さに、読んでいる間は自らの毒と向き合わされる気持ちになります。
だけど、負けない。
屈してなどやるものか。
そういった意地と矜持が現人神である代行者からは感じられます。彼ら彼女らを守る護衛官からも。
人の醜さと、人であり神であるが故に葛藤する代行者の誇り。
それらが衝突する瞬間は紛れもなく、戦いです。
お互いに譲れない己を賭ける姿は読んでいるこちらの心も奮い立たせます。
紙の本でできる最大限の効果をしたいと作者紹介で書いているだけあり、ただの小説ではありません。紙の替えやフォントの表記などといったレベルに留まらない劇的な造りも魅力的です。
キャラクターとして好きなのは、秋主従ですね。
祝月撫子様の愛らしさと優しい阿左美竜胆さんにこれから訪れる苦難が恐ろしいくらいに、癒される二人です。
3.塞王の楯
今村翔吾著作 集英社刊
乱世を生き抜くには攻めるだけではない.
襲いかかる暴力の嵐に耐え抜く城が必要だ.
そして、この小説で描かれるのは城の石垣を作る職人たちの物語である。
戦国乱世の物語はというと華々しく、そして凄惨な争いが主軸であったと思います。もしくは知謀戦でしょうか。
ですが、私はこちらの時代小説が好きです。
城を守るために石を積み続ける、裏方の美学が存分に語られていると思います。
石を積むだけではありません。調達する側、運ぶ人。様々なプロフェッショナルがいます。当然、指揮する人も出資主としてのプロもいました。
誇りを持って命をかけながら働く人たちと、その人たちに命を賭ける城主。そこでは信頼関係が問われます。
などとここまで書きつつも、その堅き城を崩すための戦術も描かれています。鋭き矛と頑なな楯がぶつかり合う時、生き残るのはどちらなのか。
どちらにも義はあります。
私たちは見守るしかない、そういった小説です。
【漫画】
1.Beyond the Clouds 空から落ちた少女
Nicke著作 講談社刊
広い世界を夢見る少年の元に、ある日空から少女が落ちてくる。
それが全ての始まりだった。
フランスの出版社から刊行された漫画です。
そのため、コマ割りや構成等が日本の漫画とは異なる印象を受けるのですが、私はその点にとても惹かれました。
ありふれた言葉になるのですが、自由。
設定もイラストのタッチも、紡がれる物語も既成の枠にはめられずどこまでも広がる幻想が描かれています。金平糖のようにかじることができて、甘く、でも溶けて消えていってしまう。それなのに心の片隅に残る。
「どのような作品であってもいいんだ」と今年の私を励ましてくれた作品です。
物語は工業都市「黄色い街」で暮らす少年、テオは修理屋として働きながら本に描かれる世界を夢見ていました。
それでも年を経るに連れて本の世界は幻想だと割り切り始めたのですが、ある日その悟りは変わります。
街のごみ捨て場で翼のある少女と出逢いました。
そして、少女のために少年は旅立ちます。
絵のタッチが柔らかくて穏やかで、トーンがメリハリであるのではなく塗るように描かれています。モノクロだけれど色彩があるのです。
その描き方を純粋に「いいなあ」と思いました。
2.オタクも恋も連鎖する
天色ちゆ著作 スクウェア・エニックス
学校公認男女カップリングを推す音成さんから始まる、オタクと恋の恋愛ドタバタコメディです。
一巻では購入継続枠でしたが、二巻で一気に面白さの勢いが炸裂し出しました。
主人公の音成さんが推しているのは、学校公認男女カップリングの河合千将さんと栫結鶴さんです。美男美女。豪奢の権化です。
この時点で確かに認めざるも推さざるもえない魅力があるのですが、二巻から二人の完璧ではない面も少しずつ出始めて音成さん、そして音成さんと同人物逆カップリング推しである遠巻さんと一緒にときめいてしまいます。
また音成さんのことが好きな遠巻さんも可愛い。推しに対する熱意と推し方がすごくて音成さんと良い組み合わせです。逆カプの溝を乗り越えて結ばれて欲しいですね。
そして、二巻からでてくる羽志波美さんと寿秘華(すぴか)さんの主従カップリングもまた良いのです。こちらの二人はBL好きと百合好きなのですが、両片思いという見事な組み合わせ。寿秘華さんが話を進め、羽志波美さんがサポートしてくださるので話が一気にテンポ良く面白くなりました。
これからが楽しみです。二巻は特に、音成さんと遠巻さんの逆カップリング発覚で引かれているので、尚更気になります。
最後に、美男美女だと納得させられるしっかりとした絵を描けるのもこちらの作品のすごいところです。
3.雪と墨
うの花みゆき著作 講談社
村を焼いた大罪人のネネオと、彼を買った、追放された名家の令嬢であるフレイヤが歩み寄り支え合う物語です。
雪が深々と降り注ぐ季節に二人は出会いました。
そうして雪の深い街に辿り着き、春を迎えて二人で暮らしていきます。
そこにフレイヤの婚約者であったハルバードさんも加わって、ネネオさんの罪の根源となった焼いた村に向かいます。
こちらの話を読んでいて、罪を抱えたネネオと罪悪感を抱えているフレイヤの不器用だけれど誠実な心の交流が、自分とは関係のない罪をどう扱うかを問うてくる気持ちになりました。
罪を犯した人を責めるのは簡単です。本当に、簡単です。それがどれくらいおぞましいことかを知らないまま「こうだから、こうなるのは仕方ない」「こうだから、悪いんだ」と口にしてしまいます。それはフレイヤに酒を投げつけた見知らぬ人と同じ汚さです。
読者はネネオとフレイヤの交流と不器用な恋路を見守りながら、彼らの背景を知っている存在として善悪を考えることができます。「ネネオが罪を犯したのは仕方なかった」「フレイヤの扱いは惨い」と言い切れるか、それとも彼らの罪を受け入れるか。
ただ、私は『雪と墨』を読みながら思ったのは、ネネオとフレイヤの幸福を待てる人間でありたいです。願うでもなく、祈るでもなく。彼らが前に進んで幸福を選べるようになるまで、心が癒されるように。
【実用本・その他】
1.ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)
関口涼子著作 講談社
レバノンのベイルートで、戦時中断下のあいだ生活していた著者の食事と生活の話になります。
一ページから、長くても二ページの短いエッセイが三百二十一本も詰まっています。そのどれもが誰かに向かって語りかけるというよりも著者のメモ書きを垣間見せてもらっているような、一生会うことのない誰かの叫びを、嘆きを、見つけた寂しさを覚えさせられます。
進行形で戦争があり、かつてあって、そしてこれからもあり続ける都市で生きていく人たちの日常に寄り添う、料理。
その料理の当然さと貴重さがエッセイごとに近づいたり、遠かったりしていきました。
もう一つこちらの本で良いなあと感じたのは、作品は長さではないということ。
書きたいことを短くともきちんと記す文章力が心地よかったです。そして、私もそういったエッセイを描けるようになりたいな、となりました。
2.デジタル空間とどう向き合うか
鳥海不二夫・山本龍彦著作 日本経済新聞社
「Twitter(新X)」を辞めよう。
そういった決意を後押ししてくださった一冊です。現在の環境への大きな一歩を踏み出す手助けとなった一冊で、感謝しています。
こちらの本ではどうして現時点に至るほどの情報飽和が起きたのか、また今後はウェブやSNSの情報をどう扱う方向に舵取りするかが書かれています。
その中で「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」の実現という章があります。こちらのページに記載されている情報の成分を明記すると言ったことです。
私がたまにサイトの各所に記載している、五段階評価のものが情報成分表になります。もしかすると、今後は情報の正確性や真偽性を高めるために記載するところが増えていくのではないでしょうか。
そうなると思い出すのはヨシタケシンスケさんのエッセイにありました、「あなたはこのページを見るのに十分な優しさを持っていますか」という警告が発せられるというアイデアです。
情報は当たり前に存在し、繊細かつ重要であり、曖昧です。
個人サイトに載せる情報を、主観であっても極限まで正確にしようと決めたのもこちらの本を読んだためです。
情報を飽和させるほど食べずに、ほどほどに生活する。
これからも気をつけていきたいことです。そのために、たまにこちらの本を読み返したいです。
3.そして誰もゆとらなくなった
朝井リョウ著作 文芸春藝刊
決して鋭くはないけれども痛い切れ味の「ゆとりシリーズ」最後のエッセイです。
朝井先生はいまも映画が上映中の『正欲』や、他の作品では『何者』、『スター』といった作品で有名な方です。
長編小説では真正面から身を抉ってくる痛みを書かれていて、読むと体力が吸い取られて重い悩むほど、現在を反映した鋭い現状や問題を投げかけてきます。
ですが、こちらのエッセイではその鋭さが別方向に活躍します。もうお亡くなりの言葉かもしれない「ゆとり世代」ならではの、いえそうまとめるのもなんだか失礼な気もしますが、朝井先生にしか描くことのできない日常で「つい」行なってしまう、すっとんきょうのオンパレードです。
どうしてそんなことをしたの、という内容を抜粋して「健康情報のプレゼンテーション」「催眠術でダイエット」「ホールケーキの独り占め(五個)」と言ったものです。
どれも謎に満ちていますが、こちらの本を読んだら全て納得してもらえると思います。
真面目なだけではない、作家の多面性の重要さを感じた一冊です。
だって作家も人間ですもの。
以上になります。
二千二十三年に読んで、特に印象に残った三冊を各分野ごとに紹介させていただきました。
来年も、百冊読破を目指して邁進していきたいです。
今年の感想の締めくくりはこちらになります。
来年も感想コンテンツは充実させていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
少し早いですが、良いお年をお迎えできますように。