旋律は音を移して戦歌となる 第十四話

 無音の楽団の陣地の前方にカクヤ、サレトナ、タトエ、ソレシカの四人は集合した。
 対面するユユシの陣地では、フィリッシュを先頭にして、万理、ルーレス、そして清風が守護する者として位置している。
 サレトナがまず口を開いた。
「基本点で言うのなら、カクヤとソレシカは四十点。タトエは最低でも二十、できたら三十点は勝ち取ってもらいたいところね」
「それで百点、もしくは百十点か。課題はどうやって、その点数を取るかだな。フィリッシュも万理も手強いし、ルーレスの箱のアレは厄介だ」
 ソレシカが指摘する。タトエは頷いた。
「重要なのは、サレトナのサポートだよ。ユユシの時も、ルーレス先輩のサポートがあったから、点を取られた。清風先輩のところまでいくにはサレトナの手を借りて崩すしかない」
「ああ。だから、タトエは自力でフィリッシュと万理を越えてもらわないといけない。できるか?」
「がんばってみるよ」
 タトエの気負わない返答によって、サレトナのサポートはカクヤとソレシカが受けることに決まった。
 以降はカクヤとソレシカが、清風の陣地まで踏み込んでいく手段について話を進めていく。タトエが発見したように、清風の待つ陣地までは装置を使う必要がある。もしくは、ルーレスの箱と同様に移動する手段が必要だ。
「ソレシカ、今日は無効と倍増、どちらの日?」
「無効の日」
「だったら」
 サレトナは一つの提案をする。カクヤには扱えない、ソレシカを対象にしたがために使える手段だった。
 ソレシカはサレトナの提案に了承した。
 あとは、カクヤが清風の陣地に踏み入る手段だ。ユユシと会敵した際の内容を参考にしながら考えて、サレトナの補助のタイミングが定まる。
 鐘が鳴る。各自、配置に着く時間が訪れた。
 無音の楽団の攻め手の順番は、ソレシカ、タトエ、カクヤに決まる。ソレシカが陣地の際に斧を手にしながら、立った。
『次は無音の楽団の手番です』
 案内の音声とカウントが始まったのを聞きながら、ソレシカは前を見据える。崖の上で腕を組みながら、仁王立ちして清風は笑っていた。ルーレスは装置の前に立ち、万理は荒野の中心で大槌を支えにしている。フィリッシュだけが笑っていなかった。
 ゼロ。
 始まったカウントは終わりを告げた。
 残り時間が刻まれると同時に、ソレシカは駆け出す。
 最初に待ち受けるフィリッシュは聖法によるものと思われる、障壁を貼った。正しい選択だが、今日のソレシカには聖魔法術は干渉しない。避ける素振りもなく、障壁を貫いていった。
 驚愕を見せる素振りもない。フィリッシュは行動を切り替える。ソレシカを止めるために上体へ向かって、背後から蹴りを入れた。かがむだけで、相手にもされない。
 止めるためには阻害するべきだった。
 ソレシカはあっさりとフィリッシュの陣地を抜けていく。次に待っているのは、万理だ。万理の攻撃は物理だから容赦なくソレシカを抉ってくる。
 万理は攻め手であった時と同様に、狭い荒野をゆるゆると左右に揺れて近づいてくる。ソレシカも速度を落として、万理と向き合った。
 二度目の斧と大槌の衝突だ。今度は、一撃で離れた。
「手加減してくんさいよ」
 痺れが奔ったのか、右手で大槌を強く握りしめながら苦笑している。
「してやんない」
 ソレシカは斧を持ち直す。そして、正面から跳び上がり、万理に向かって落ちていく。万理は避けることによって、抜けられる危険性よりも攻撃を受けて相手の行動を妨害することを選んだ。
 ソレシカも読んでいたのか、万理に向かって振り下ろされた斧は体重の重みも乗って、大槌にぶつかる。後に万理の肩に斧の尖端が激突した。
 万理の崩されることのない笑顔が歪む。ソレシカはかしぐ万理の背後を取って、一度様子を見てから走っていった。
「あったー……これ、衝撃の痺れだけや、ないなあ」
 具体的に万理に及ぼした効果は後で聞くとして、二十点の関門をソレシカは越えた。後は、ルーレスと清風のみになる。
 ソレシカが草原に足を踏み入れると同時に、ルーレスは箱の展開を終えていた。小さな十センチメートル正方の箱が群れとして溢れかえっている。
 容易に攻め込む前に、どうしたものか。箱の効果はどういうものか。ソレシカは思考している。下手に突っ込んでいって、たかられるのは勘弁したいようだ。カクヤでもあの謎の箱にむらがられるのはいやだ。
 だから、手札が切られる。
「サポートカード」
「許可!」
 静かな声で宣誓したサレトナは、続いて詠唱に移る。
「月下を渡れ、氷舟」
 短い詠唱の後に顕れたのは一人か二人分の氷による舟だった。舟はサレトナから離れるとソレシカに向かって一直線に空を飛んでいく。ソレシカは舟に飛び乗り、氷の手綱をつかんだ。
 触れたら凍る零度の舟だが、今日のソレシカには聖魔法術が通じない。そのため、氷の舟に乗っても凍えることなく、乗りさばくことができる。
 万理がルーレスの箱の法術で駆けていったように、ソレシカも氷の舟で箱の群れを砕き、蹴散らしていく。押されるルーレスだが、諦めることはしない。箱の増殖は続き、崖の上までの道を遮る蓋となった。
 しかし、ソレシカの勢いは止まらない。舟を垂直にして、揺れを乗りこなしながら、箱による蓋に近づいたところで手綱を離し、斧をつかみ直して豪快に回転した。勢いに巻き込まれて空に散らばる、箱、そして最後に氷の舟に足を乗せて、跳び上がったソレシカは崖の上に着地した。
「よ」
「よっす」
 片手を上げて気さくな挨拶をソレシカと清風は交わした。
 すでに、ソレシカは空いている手でフラッグを清風の陣地に刺している。戦闘はない。
「なんだよー。戦ってくれないのかよー」
「本音を言うなら相手したいけど、こっちも負けられないんでな」
 言って、ソレシカは装置を使って草原に戻り、荒野と舗装路を抜けて、無音の楽団の陣地に帰還した。
 タトエとカクヤと片手を上げて打ち鳴らし、サレトナの手も上げさせて、軽く合わせた。

>第五章第十五話



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