ルーレスはカクヤに哀れむような笑みを向けて、清風には視線だけで自身の考えを伝えている。清風もルーレスの考えを察していたのか、それとも打ち合わせていたのか、箱の発動を待っている。
タトエも動かない。小さく聞こえる声からは、星法を編んでいるのが伝わってくる。
「サレトナ! 備えてくれ!」
カクヤは直後に戦線に加わることになる、サレトナに向かって声を上げた。けれども、攻め手が陣地に入らないと攻撃はできない。崖の上を見上げると、サレトナは冷静だった。周囲には氷の蝶をまたたかせている。
攻撃はできなくとも、攻撃の準備はして良いらしい。カクヤも自身が陣地に入られる前に刀を構えていたことを思い出した。抜けているところが多過ぎる、と呆れもする。
「私の箱の蓋は天に通ず!」
ルーレスが詠唱を終えた。次に、何が来るかと思うと、清風が箱に包まれる。
「スターライン!」
箱の蓋が閉じる間際に、タトエの星法による光が縦五列に走り抜けていく。しかし、箱はじわじわと星なる光に焼かれながらも上昇を続けていく。
「あれ、ありなのか」
ソレシカの感心した呟きが聞こえた。
箱はサレトナの待つ、崖の直前で派手な開閉音を立てて解体されていく。清風の体は、落下する前に空中で一回転をして、崖に降り立った。左足が地面に付く。
「裁定氷弦」
「うぉとっとっとー!」
容赦のない氷魔術が、まだ右足を地面につけていない清風に炸裂した。幾重もの氷の弦は清風の四肢に絡まっていく。このまま落下しても、氷の弦は清風が地面に飛散した悲惨な物体となるのを防いでくれるだろう。
清風は未だ、片足でわたわたとしていたが、氷の弦による冷たさのためか、足を滑らせた。左足が地面から離れる。
「清風!」
フィリッシュの悲鳴が響く。
悲壮な色が強く滲んでいて、目の前の現状に絶えきれずに出てしまったという声だった。その残響を背景にしながらも、清風の落下する未来は避けられない。
しかし、落下の直前に、清風は崖の土が脆い場所にフラッグを突き立てた。
息を吞む。
フラッグを握ったままでいれば良いというのに、清風は手を放した。体は地面に吸い込まれていく。必死の高さではないが、怪我くらいはするだろう。
タトエと視線が合った。
瞬時に、浮かんだ聖法を編み上げていく。
「彼の者の祈りのために!」「敬遠なる星の輝き!」
カクヤによって増幅されたタトエの祈りは淡い球状の結界となり、清風を包み込む。さらに、地面にはサレトナが編んだものか溶けかけた氷の弦が積まれていて、球体は氷の弦の上に落ち、弾んだ。ぼよんぼよん、と移動してから結界は割れる。
清風はタトエの近くに座り込んだままだ。終わりを告げる、鐘は間もなく鳴り響く。
「無事ですか?」
タトエが手を差し出すと、清風はその手をつかんで立ち上がった。そして、崖の上を見上げる。フラッグはまだ落ちていない。
おそらく、四十点が揺らぐことはない。
カクヤは確信していた。最初の予想の通り、清風は最高得点をたたき出したのだ。崖から落ちるという危地に陥ることになっても、最後まで抗うことを諦めなかった。
『ユユシの獲得した点を講評しています。しばらく、お待ちください』
清風はタトエに手を振って、自身の陣地へと戻っていく。途中で、カクヤの陣地を過ぎる時にも手を振ってくれた。カクヤは振り返すことなく、それでも強く頷いた。ソレシカの陣地では、容赦なくソレシカの肩に刺さった石器を抜いて回収していた。
清風を見送ったカクヤはソレシカの隣まで走っていく。
「肩、大丈夫か?」
「試合前にサレトナに治してもらうから、問題ない」
次に無音の楽団が攻め手に回る前に、互いのチャプターが休憩する時間は設けられている。その時間を使うので、気にするなと言われる。
「しっかし、面白いチャプターだな。ユユシって」
「ああ。万理君は正攻法で硬い守りをするだろうし、清風は絶対に強い。ルーレスも、意外な手段を使ってきたしな」
「あんな魔術。いや魔法? かはわからんけど、あるんだな。勉強になる」
先ほどの万理の足場となった箱や、清風を収納して移動する箱を思い出しているのか、ソレシカは何度も頷いている。
すでに陣地に揃ったユユシを見ながら、カクヤは呟いた。
「気になるのは、フィリッシュだ」
「なんか、殺意に近い敵意を向けられてたな」
カクヤが答えようとする。
『お待たせしました。基本得点が九十点、評価点による加点が七十点、合計で百六十点がユユシの獲得した点数となります』
会場の内外から拍手が起きる。まばらであった音が一つになり、セイジュリオを満たしていった。カクヤも先ほどの言葉を続けるのは止めて、試合相手の健闘に対して素直に両手を叩いて音を鳴らしていく。
だが、次はこちらが攻める番だ。
同じことを考えていたのか、同様に拍手をしているソレシカと視線が合った。
タトエとサレトナも、陣地の前方へと駆け寄ってきてくれた。
攻勢準備の時間が、始まる。
旋律は音を移して戦歌となる 第十三話
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