ときどき旅に出るカフェ 感想

『ときどき旅に出るカフェ』近藤史恵著作 双葉社(11月17日読了)

 『ときどき旅に出るカフェ』(近藤史惠著/双葉社刊)を読みました。
 タイトルの通りひと月のあいだ三分の一は店を閉めているカフェ「カフェ・ルーズ」の店長である葛井円さん。そしてそのカフェに通う、小説の語り手である奈良瑛子さんの交流が中心となる短編小説集です。
 最初はカフェ自体が「ときどき旅に出る」からそういったタイトルなのかと思いましたが、読み終えてみると旅に出ているのは「カフェ・ルーズ」に訪れるお客さんたち、その筆頭が瑛子さんだと思いました。
 旅はどこか遠くに出ることですけれど、日常の中のどこか一時間、三十分、十分だけでも心を遠くに飛ばせたら旅に出ていることになるのかもしれない。そう考えると、行きつけのカフェというのはとても魅力的な一時の宿であり、現代風に言うのでしたらセーブポイントですよね。もしかすると、セーフハウスともたとえられます。
 さらにこちらのカフェではロシア風チーズケーキ「ツップフクーヘン」を初めとする世界の色味豊かな料理が沢山出てきて、食事一つをするだけでも舌は異国に跳べそうな自由さを感じられます。こちらのカフェは瑛子さんみたいに家の近くにあって、気軽に立ち寄れるのも魅力的ですし、とっておきのお店だと誰かに紹介できる距離に会っても楽しそう。


 楽しそうですのに、小説の登場人物はいつだって現実と理想に揺れています。

 語り手である瑛子さんも三十半ばの歳で未婚であることへの寂しさと不安をたびたび吐露しますし、本文中でも「自由に不安定に」働いている円さんだって辛い影がさっとよぎっていきます。
 それは読んでいて心地の良いものではなく、自分の境遇や不安、未来を想起させてしまうほど、近しい距離で描かれていて、ふとした瞬間に胸がざわめいて、読むことすら不安になるほどです。


 外国の甘いスウィーツを中心とした心ときめく食事の中に紛れ込む、謎という苦かったり刺激の強いスパイス。それらが絡み合っていき、読後感は不思議と静寂の中に落ちていきます。それを探して拾い上げてみると、少しだけ温かかったです。
 どのような人生であれ、自分の選び取ってきたものが多い人ほど、楽しく読める一作でした。






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