Memome

それぞれの風習に意味がある。
『天幕のジャードゥーガル』の第四話を観ました。先週はつい見逃したことが悔しいです……。
「原典」という本と知識を得るために他人の命を踏みにじったことを知らないままでいるのか、それとも承知の上で無垢に笑うのかはソルコクタニさんしかわからないのですよね。ソルコクタニさんほど聡明な方なら、どういう過程で手にしたのかは気付いている気もします。ただ、シタラさんにとっては奪われたということだけが事実です。奪われた身は、いつだって悔しい。
他には家畜の捌き方が違うのも風習でしかなく、モンゴルでもイスラムでもそれぞれやり方に意味があります。ただ、私はイスラムの苦しまずに喉を切る方が好ましいなと思いました。解体した肉を痛ませないことも大事です。
そろそろ、物語を動かす出会いがありそうなのでこれからも続きを観ていきたいです。