Memome

言葉を変えたいです。
小説を書くのとエッセイを書くのとでは使う言葉も組み合わせも違うことは承知の上で、もっと鋭く研ぎ澄ませた文章をあらゆる媒体において紡いでいきたい。
自分の趣味の平凡さとキャパシティの狭さがたまに哀しくなるのですが、それでも好きな曲を聴く時間や本を読む時間は何物にも代え難い、静かな箱に閉ざされる心地よさがあります。
創作の話ですけれど、私はしんどい話を書いていると自分もしんどくなります。でも、そのしんどいところも書きたいから、書く必要があるため書いています。
ただ、しんどい話を書いたあとは楽しい話かのんびりした話も書いて上手くバランスを取っていかないと、自分の心の柔らかなところが壊れてしまう気がするのですよね。
世の中にはしんどい話ものんびりした話も両方必要で、片方だけだといつか転んでしまいそうです。だから、両方とも書けるようになりたいと腕を組むのです。
世界がするりと悪くなっているので、何を書いてよいのか悩みますね。
叩かれたくない、炎上されたくないで書くことを諦めることは、そろそろ終わりにしたほうがよいのかもしれません。いえ、書く内容には気をつけますけれども、かといって書きたいことを抑えすぎるのも苦しいなあと。
SNSは控えたいなあ。完全にやめたい、というよりも主軸をサイトに移したい。
被る猫の皮を増やしますか。
現在も進行中で解決しないといけない現実の問題を先送りにしてまで、一部の人たちだけにとってより良い発展など欲しくはないのです。
危機感知するほど尖った作品を読むと、自分の眠らせている獣がうずきます。
ドラえもんはAIではなく、ロボットであるということを改めて書きたいと思う出来事がありました。
サイトの運営をしたいのと、暑中見舞いをそろそろ描き始めないと間に合わないというのにままならぬ体。
たとえいまの作品に納得がいかなかろうとも、満足できなかろうとも、書きたいという気持ちを捨てさえしなければどうとでもなると信じて書いています。
上手く書きたい、と思ったら相応の努力をすることが必要ですし、もう書けない、となったら休むしかありません。
結局執念なのでしょうか。
熱はどうにか下がりました。
あとは気管支の回復を待つだけですね。呼吸と咳がしんどいです。
リプレの続きを書きたいのと暑中見舞いを仕上げたいのと、でも何もできないのでぐるんぐるん。
熱の乱高下でぐるんぐるん。
いっそ、三十八度まで出てくれたら、処方されたカロナールが使えるのですが、三十七度八分あたりで止まり、なかなか上がりません。