キャパシティを超えた人たちを愛することはできず、愛されることもできない。
おそらく人によって他人を受け入れられる、愛せる容量は決まっておりまして、その容量が大きいか小さいかで繋がりを持てる人数も決められるのではないかと。
余裕とは立ち止まらないと作ることができないもの。
好きと興味と好奇心。
全て紙一重の異なる感情。
全て紙一重の異なる感情。
振り向いた瞬間の笑顔。
触れた指先。
忘れたくないと、失くしたいとどれだけ思っただろう。
触れた指先。
忘れたくないと、失くしたいとどれだけ思っただろう。
ねえ 私 知っているの
神様がいるってこと
人に都合よく なんてないし
冷めていて 身勝手
だけど 愛してくれているのね
神様
ーーーーー
というサレトナちゃんが書きたいというメモです。
神様がいるってこと
人に都合よく なんてないし
冷めていて 身勝手
だけど 愛してくれているのね
神様
ーーーーー
というサレトナちゃんが書きたいというメモです。
知恵熱が出るほど考えたい。
憎しみと愛は両立するのでしょう。
だから、憎まれる側が憎む相手を許すかどうかが肝心なのです。
だから、憎まれる側が憎む相手を許すかどうかが肝心なのです。
自分の愛したものは確かにあるのですから、その後になって、他人に共感を求めるかどうかくらいの違いなのです。
「執着はすることが楽しいんですよ」
いつか、命の灯火を消すために生きた主人公の話を書きたいです。
充電残り四パーセント
君が「あのね」と呼びかける姿は世界で一番愛おしい
たとえ相手が僕ではなくとも
たとえ相手が僕ではなくとも
中途半端なアイデンティティ 並の人間にすらなれやしない