Memome

いつも悲しくなるのは、私たちはドラえもんのいる世界にはたどり着けなかったということです。
ドラえもんの生まれる世界に行くには、おそらく、寛容さや忍耐といったものが不足していたのでしょう。
藤子先生がドラえもんという存在を教えてくださったというのに、私たちは自身の手でその未来を放り投げてしまいました。

私も苗木誠君のように「それは違うよ」と言えなかった。