花園の墓守 由為編 第一章『違う空を見るために』

 屋敷の内装は高貴なる薄暗さによってまとめられていた。
 由為が最初に入ったエントランスホールは半円状で中心と左右に向かって通路が伸びている。通路の途中には対照の階段が曲線を描きつつ二階に繋がっていた。
 七日は左奥の通路から案内を始める。
「左の一番奥の、ここが荷物置き場。隣が食べ物の倉庫で、中央に近いところが調理場。貴海先輩と私がいままで使っていたけど、明日来る人にも料理ができる人がいるみたい」
「俺とあと二人を足して、此岸から三人が選ばれたんだよね。七日さんも明日の二人と会うのは初めて?」
「うん。面談みたいなのは貴海先輩がしてくれたから」
「合わせて五人か。この屋敷ならまだ人が入りそうだけど」
 由為は指を折って数えて言う。自分に、貴海に、七日に、あと二人で彼岸を回す。
 七日に顔を向けるといやな顔をされていた。不快や機嫌を損ねたというのではなく、呆れと諦めだ。特に後者の感情が灰色の目を染めている。自分と同い年の少女が抱くには不似合いな疲れがあった。
「由為さんは、本当に此岸育ちなんだね」
「そう。誘われるまで俺は彼岸のことをよく知らなかった。七日さんにいろいろと教えてもらえると助かるよ」
 本心だった。おべっかや相手の機嫌を取るためではなく、由為は無知を認めた。
 七日は口を少しだけ開けて目を見開く。対して由為は驚かれたことに驚いてしまい、目の前の少女が自分につっけんどんな態度を意識してとっていたと、ようやく気付く。もとから由為は向けられる悪意や敵意に反応しなさすぎると家族や友人からは言われていた。言われているのだが、わざわざ同じ感情を向けなおすのは苦手なので気にしないようにしている。今回は七日のとげとげしさが、研ぎ澄まされた痛みを与えるものではなかったのも一因だ。由為の目に映る七日は警戒が過ぎているだけで、これから関係が悪化しかありえない相手とは思えなかった。
「右側に移るね」
 言って、七日はエントランスホールを抜けて一階の右側を案内し始める。右側は主に花園の管理のための部屋だった。如雨露などの道具が置かれている部屋と、薬剤が置かれている部屋は分けられている。最奥には研究室があると聞いた。ここは貴海と明日になってから来る人しか入れない、と七日は締めた。
「一階の中心の奥には大きいお風呂があって、二階と三階はそれぞれの部屋が用意されているから。由為さんの部屋は二階の一番左ね」
「だいたい分かったよ。ありがとう」
 言ったあとに由為は鞄の中を探る。臙脂色の絨毯を踏みながら七日も足を止めた。由為の手に取りだされたのは薄い布に包まれた此岸で調理された花だ。日持ちのするそれを七日に差し出す。
「これなに」
「俺の気持ち。ありがとうとこれからよろしくを込めて」
「由為さんが作ったの?」
「うん。俺はこれくらいのものしか作れないから」
 七日は険しい表情を崩さないまま両手で花をくるむ布を受け取った。由為に向き直る。
「ありがとう。気持ちは嬉しいから忠告させてもらうね」
 相対し、間を作ってから言われた。
「あなたが次に会う人には絶対にこれを渡さないで。あと、私は此岸が大嫌いだから」
 「優しくなれない」という七日の言い方に頷くことしかできなかった。由為の首が縦に動いたのを確かめて、七日は背を向けて歩き出す。完全に視界から外れたあとに由為は自室へ向かうことにした。

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