協和音を奏でる前に 第四話

 カクヤがセイジュリオに到着したのは午前九時になる。門をくぐり、案内された試験会場である第一教室に入ると、五人の少年少女がいた。
 第一教室では机と椅子が等間隔に並べられていて、目の前には教卓がある。教卓の左右には長方形の布が鏡にかけられるように浮かんでいた。
 白板に指示された通り、前方から三列目、右から二列目にカクヤは座る。窓から見える風景は、相変わらず、春だ。少し先に森が見える。
 しばらく、結構、ぼんやりとしてから二人の試験官が入室した。教室にはひりつく静けさがある。緊張の気配が多方から感じられた。
 赤い髪をした詰め襟の試験官は教卓の上に箱を置くと傍らに立ち、説明を始める。
「これから本日の試験を開始します。今回は実技試験です。試験の内容は、会場に移動してから最初に集合した三人で一つのチャプターを作ります。それからこちらが指示するものを時間内に入手し、教室へ帰還します。試験時間は一時間です」
 一度、途切れる。
「質問は」
 なかった。
 説明はそれ以上付け加えられないようで、青い髪の試験官が手にしているリボンを受検する学生へと配っていく。リボンの色は統一されていて、赤だ。手首か二の腕、服に巻くように指示される。カクヤは服の左側にある穴に差し入れて、蝶結びをした。
「全員、装着を終えましたら空板の作動確認をしてください。空板を使うのが初めての方は申し出てください」
 戸惑うものはいなかった。またたきするだけで空中に目に痛くない程度に赤い空板が現れる。配られたリボンにより、普段使用している空板は制限がかけられているのか、起動できない。公平性を考えるならば当然の措置だった。
 もう一度、またたきをして空板を閉じてから、受験生は整列させられる。椅子から立ち上がって二列に並び、教卓の左右に用意されていた布の前に並ばされた。
 左側に赤髪の試験官、右側に青髪の試験官が立って布を開く。その先には半透明の空間が広がっていた。
 瞬移の門だ。位置情報を結んだ場所へと瞬時に移動することを可能とする。トラストテイルでは一般的な移動手段だ。
 カクヤの前に並んでいた少女が腕を伸ばすとその先が消えた。少女は気にしていない様子で飛び込んでいく。
 その後に続くカクヤも刀を提げながら、瞬移の門の前に立ち、許可が出てから足を踏み入れた。
 さてこれからどこに行くのだろう。
 などと呑気に思いながらも、見当はついていた。目を閉じる。
 開く。
 カクヤの視界に広がるのは、森だ。常緑樹が適当な距離を保って広がり、太陽の光を浴びている。葉を透かして見える空からは白い光の雨が降り注いでいた。
 自分がどこにいるのかはわかっていても、どの辺りにいるのかは不明だ。空板を出しても地図には接触できない。自分の足で仲間と、指定されたものを見つけなくてはならないのだだろう。
 カクヤは息を吸う。
「だーれかー、いるかー」
 返事はなかった。
 そんなもんだよなあと、カクヤは歩き出す。置かれた場所に近い樹に目印を残すことも考えたがやめておいた。時間は限られている。
 道に迷っても、前進するしかない。
 とはいえ木々が密集しているところで走るのは危険だ。気配を探りながらも早足で進む。歩きながらもカクヤは思考を止めなかった。まずは、誰かに会って班を組まなくてはならない。その相手も選べるわけではない。最初に出会った二人でなくてはならないあたりが、試されている。
 個々人の運命の天秤を。
 トラストテイルに生まれ落ちた存在には例外なく運命が刻まれている。魚が微生物を食べるように。そして獣に喰われる魚のように。さらに、人に解体される獣のように。
 人は神にさばかれる。
 だから、いまもカクヤは自らの運命を試されているのだろう。それが今回の試験で良い目を出すか、悪い目を出すのかと、神と試験官という手の平の上で賽を転がされている。
 地に足をつけているというのに左右に揺らされている心持ちになりながら、カクヤは開けた場所を見つけ、その先には影があった。
 木々を抜けていく。
 いたのは。
「サレトナ?」
 振り向く。
「カクヤ?」
 二日前に初めて出会った少女は、いまは白銀の杖を地面に立てながら押さえているところだった。
「なにしてるんだ」
「この杖が倒れた方向に行こうと思って」
「それは面白いな」
 言いながらもサレトナは杖を倒そうとはしなかった。カクヤをじっと見上げている。
「あなたが私のチャプターの相手、ということかしら」
「だろうな。で、あと一人捜さないといけないわけだ。そうじゃないと、指示される内容がわからない」
「そうね」
 とりあえず進んでみようという結論を出した。


第一章第


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