旋律は音を移して戦歌となる 第七話

 私とサレトナが初めて会ったのは四歳くらいの頃になる。
 サレトナは丁寧に両手を揃えたお姫様で、私はお姫様に憧れるだけの生意気な子どもだった。
「フィリッシュ・ノートルといいます」
 母が私の名前を言うときの声は、普段の叱ったり言い聞かせるようなものではなくて、高く整った音をしていたから、正直に思った。
 へんなの。
 サレトナはといえば、隣にいた気品のある男性ではなくて、自身で挨拶をした。
「私は、サレトナ・ロストウェルスです」
 それだけ。始めて会った日に交わした言葉といえば、本当にそれだけ。
 でも、私はぼんやりとした敗北感を味わっていた。目の前にいるこの女の子が選ばれし本当のお姫様なんだって。
 白いワンピースをいくら着ていても、お姫様にはなれない。
 それから、私とサレトナは一緒に過ごすようになった。ノートル家はかつてロストウェルスの護衛を務めてきた家系だから、私もどうやらサレトナを守らないといけないらしい。父にそれが嫌かどうかと聞かれたとき、正直初めはいやだった。
 だけど、サレトナの傍にいるとお姫様の真似をできて、多少はお姫様に近い扱いをされるかもしれないと思ったから、私は自身の役目を受け入れた。
 それからは訓練の日々が続いた。最初は辛かったけれど、体を動かすことは好きだったし、できることが増えていくのも楽しかった。だから、いまだって蹴技は嫌じゃない。もとからサレトナみたいに魅入られたほどの魔術や魔法の適性もなかったから、私はこの体で戦うしかなかった。
 訓練と、食事と、行儀作法を身に付けるように努力して。それ以外はサレトナと過ごすことが多かった。
 サレトナと一緒にいて、楽しくなってきたのは、サレトナが幸せなお姫様ではなかったからだ。
 私に対して、憐れみを持って優しく接するのでもない。かといって、私という友だちを親から与えられたことを喜ぶのでもない。どちらかをされていたら、私はサレトナのことを友だちなんて認められなかった。自分の一分でも捧げる相手に相応しいなんて思わずに、逃げ出していた。
 十歳の頃かな。まだ私の髪は短かった。訓練の時に邪魔になるからって、伸ばすことを許されなかった。だから、隣に座るサレトナの長い橙の髪がいつも羨ましくて。ある日、つい引っ張ったら、サレトナはびっくりした。
 私がぽつぽつと、この頃には大きな欠片になって転がっていたお姫様になりたかったという夢と、髪を伸ばしたいという願望を口にすると、サレトナは首を傾げたの。
 私にも立ち上がるように促して、お互いに両手をお腹の上に重ねながら、深々とお辞儀をする。最後に、にこりと微笑んだ。
 そして、サレトナは本当の笑顔を浮かべた。
『フィリッシュだってお姫様じゃない。お辞儀、すごくきれいだもの』
『でも、サレトナみたいに綺麗な服も、髪も持っていないし!』
『うん。私は持っているわね。お人形だから』
 その言葉にはっとしたなあ。サレトナが持っていたものは、全部与えられて、身につけろと強要されたものだって、ようやく気付いた。
 私がなりたいお姫様はそんなのじゃないって、気付けた。
『ねえ。今度、リボンを買いにいきましょう。フィリッシュだったら、赤や青のリボンが似合うかしら』
『でも、私の髪は短いし』
『リボン、きっと似合うわ』
 否定も肯定もしなかった。サレトナは一緒にリボンを買いにいってくれた。
 それを知った母は私が髪を伸ばしたかったことに気付かなかったことを謝って、それから私は髪を伸ばせるようになった。
 初めて、サレトナにありがとうと言えた。
 サレトナはまた首を少し右に傾けて、目を細めながら、小さく微笑んでくれた。
 私たちが本当に友だちになったのは、その時から。
 それで、ここからはサレトナには内緒なんだけど。
 上の判断で、サレトナを絢都アルスに向かわせることになったから、私も護衛として行ってもらえないかという話になったの。正直、あの静かな地には飽きていたのもあって、ありがたくその話に乗ることにしたけど。
 セイジュリオで学ばせてもらう絶対の条件として、二つ出された。一つはサレトナを守ること。もう一つは、秘密。
 私はその約束を守らなくてはならないの。

第五章第八話



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