旋律は音を移して戦歌となる 第十話

 万理は飛び下がった。そこは十点と二十点の狭間に位置する。だが、その緩んだ顔には不似合いな笑みがまた、浮かんでいた。
「サポートカード!」
「許可!」
 ルーレスが声を上げる。
 サポートカードとは、フラッガーではない者だけが攻め手の時に二回だけ切ることの可能な手札だ。それが使われる宣誓に、場がざわめいた。カクヤの気もつい奪われる。
「私はその箱について知っている」
 ルーレスの詠唱が終わると同時に、後ろに下がった万理の足下に箱が生まれていく。その箱は、カクヤの頭上を越えてタトエの陣地まで続いていった。
 カクヤは判断を誤る。
 最後尾に待ち受ける箱ではなく、箱を跳び始めてから二つ目の万理を狙ってしまった。瞬時の差で、万理は箱を足場にして荒野を抜けていく。
 振り向くと、もう遅い。万理は片手を振って、タトエの陣地に足を踏み入れていた。
「気にしないでいいよ!」
 タトエから声が飛んで来た。
 カクヤは自身の失態を悔やむ間もない。タトエの前に立った、万理を見つめる。
 万理はタトエと距離を空けて地面に降り立つと、空板から呼び出したフラッグを地面に刺した。
 鈍く、鐘の鳴る音が響く。その音は非情だが、救いでもあった。
 万理の攻撃の時間が終わった証であるためだ。
 残り時間を見て決めたのか、それともタトエと戦う余裕が万理になかったのかは不明だ。確かなのはユユシに三十点の加点がなされたことだった。
 万理の退場を見送りながら、カクヤはこれまでを振り返る。
 ソレシカの陣地の際には、舗装路という点を上手く使われて、体勢を崩された隙に抜かれた。
 カクヤの陣地の時は、ルーレスの魔法の出現が大きな痛手となった。これまでの授業で、ルーレスが扱っていたのは物質補助魔法しかなかった。戦場にだからもまさかもないが、ここで箱を扱う魔法を使用するなどとは思いもよらず、抜かれた。
 この試合は想像していたよりも守る側に不利だ。
 相手を倒すのではなく、いかにして自身が相手にとって道を阻害する存在になるかの方法について考えなくてはならない。
 結論を出したカクヤは、陣地から離れられないままソレシカの名前を呼んだ。
「ん?」
「次の相手の時はもっと陣地を壊してもいいから。とにかく、一秒でも多く時間を稼いでくれ。この試合は、相手を邪魔することが鍵だ」
 ソレシカは前を向いたまま、手を挙げて応えた。
「タトエとサレトナは、いまのところこのままでいい」
 後ろに向かって呼びかけるとサレトナからは「了解」という返事が空板から届いた。タトエは頷いている。
 再び、カウントが刻まれる。
 ユユシの陣地に出てきたのはフィリッシュだった。武器はない。蹴り技を主にしているため、身軽だ。隙を見せたら一気に走り抜けられる。
 一秒ずつ減っていく数を聞きながら、カクヤはフィリッシュの様子をうかがう。ばちりと視線が合った際、常から厳しい印象を与える三白眼の瞳が、さらに厳しい色を増した気がした。
「ユユシの手番です」
 カウントがゼロになると同時に宣言される。
 フィリッシュは、駆けだした。鹿のしなやかさと真っ直ぐさを持ってためらうことなくソレシカに向かっていく。
 ソレシカはといえば、フィリッシュが駆けるのを見つめながら、万理によって崩された舗装路を斧を振るうことによってさらに砕いていた。衝撃が伝わったのか、フィリッシュはわずかによろけるが、走る速度は増していく。
 ソレシカは壊した舗装路の瓦礫の一部をフィリッシュの進む先に跳ばす。さすがに一瞬、フィリッシュの足が止まった。
 ソレシカはフィリッシュの背後に回り込み、斧を振り下ろした。
 交戦開始だ。
 カクヤはこの見守っている時間をもどかしく思う。
 「駆け抜けた春」においては聖歌を味方に使用するのはルール違反だ。また、自身に使う際もフラッガーが陣地にいる時ではないと減点される。減点されることも承知の上で使用する覚悟があれば良いのだが、カクヤにはその手を使うと結果が裏目に出る気がしてならなかった。だから、今回は聖歌を使えない。
 ソレシカとフィリッシュはまだ斧と蹴りで戦っている。安全加工がされているとはいえ、生身で斧を受け止められるフィリッシュの胆力は相当なものだ。
 フィリッシュの蹴りが、ソレシカの右腕を狙う。だが、その前にソレシカの斧がフィリッシュの脇腹に直撃して、スタート付近まで吹き飛ばした。
 どこからともなく抗議の声が上がる。向けられるざわめきに動揺することなく、ソレシカはフィリッシュが起き上がるのを、立ち塞がりながら見下ろしていた。
 フィリッシュは抗議の方角に開いた手を向ける。いらない。同情などは不要だと動作で言い切り、真正面からソレシカを見据えた。
 ルーレスによるサポートが行われる気配はない。
 まだ、十点の段階で留まっているのでサポートカードを切ることはないのだろうと、カクヤは予想した。ユユシは確実に勝つために、高得点を取ることを狙っている。
 フィリッシュに視線を戻すと、ソレシカとは距離を置いたままだ。だが、瞳に迷いはない。一点の穴を探している。確実に自身を通すことのできる、障害という針から抜けられる穴を見つけようとしていた。
 そして、見つけたのか。
 フィリッシュは足下の障害物に足を添える。そして、バネ仕掛けの人形のように一気に駆け出した。ソレシカと万理によって破壊された舗装路をものともせずに、一条の軌跡となって走り抜けて、いく。
 ソレシカの反応は間に合った。
 だが、フィリッシュの全身から発する気はソレシカの最後の一歩を止めるのには十分だった。振りかぶった斧の先には誰もいない。
 最後には目で頼まれた気がする。

>第五章第十一話



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