旋律は音を移して戦歌となる 第十一話

 カクヤはいまだ勢いを衰えさせずに駆けるフィリッシュに、自身もまた全力でぶつかった。フィリッシュの高速移動は止まる。けれど、蹴りが頭を狙って鋭く跳んできた。カクヤはその攻撃を避ける。直撃したら洒落にならない威力だ。
 カクヤは先にフィリッシュに斬りかかるのではなく、受け手を選ぶ。フィリッシュの上段からの蹴りを両腕で受け止めて、カクヤもまた上空に跳んだ。足が弾かれて、フィリッシュの姿勢が崩れる。その瞬間にカクヤが前に出て、フィリッシュに袈裟で斬りかかると、転がって避けられる。
 追撃する。倒れたままのフィリッシュに刀を向けた。その、次の瞬間にフィリッシュは下半身の力のみを使ってカクヤの足の付け根を狙い、蹴りを入れる。避けると同時にフィリッシュは立ち上がった。
 金の髪は薄汚れ、白い制服にも土が付いている。
 ただ、瞳には変わらず燃える怒りがあり、フィリッシュの戦意はますます強まっている。堂々と立つ姿にカクヤは気を引き締めた。
 フィリッシュが駆け出すのに合わせて、カクヤもまた刀で道を塞ぐ。今度は蹴りと刀の打ち合いだ。上下に、調子をずらしながらも的確に急所を狙う蹴りを、カクヤは刀で受け止める。頑強なフィリッシュの靴は刀に押し負けることはなかった。
 旋脚を叩き込み、なおも折れないカクヤにフィリッシュが吐き捨てる。
「うっざい!」
「だろうな。俺も、される立場だったら苛立つよ」
 カクヤが小さく返した瞬間に、フィリッシュの動きが止まった。反して、碧眼は苛烈な色を深めていく。カクヤだけに聞こえる低い声で言った。
「……それじゃ、ないんだってば」
 聞き返す間もなく、フィリッシュは後ろに下がる。同時に跳び、星の流れの蹴りをカクヤに叩きこんだ。防御の構えは取っていたが、腕が鈍く痺れる。
 とはいえ、この場は譲れない。タトエのところに行かせないように、フィリッシュの気を自身に縫い止めることにした。突く形で刀を構える。
 フィリッシュもまた、止まる。足を開いて立って、カクヤを正面からにらみつけていた。
「時間がないぞ!」
 清風の声が跳んでくる。フィリッシュは上空を見やると舌打ちを一度して、フラッグをカクヤに向かって投げつけた。中間の荒れ地に刺さる。
 それから三秒ほどして、鐘が鳴った。
 フィリッシュは重く鳴り響く音を聞きながら、カクヤに背を向ける。そして、無音の楽団の陣地から去っていった。フィリッシュがユユシの陣地に入ると同時に、反対に陣地から出てきた清風がフィリッシュの肩を叩く。慰めているのではない。
 讃えていた。
 よくがんばったと、ねぎらっているのが伝わってくる。
 清風の度量の深さを見つめながら、カクヤは現在の状況を確かめる。万理が三十点、フィリッシュが二十点を手にしたためにユユシは現在、五十点だ。
 今回の試合において二番目の鍵となる点、それは次に出てくる清風がどこまで勝ち点を上げるのを防げるか、にかかっている。
 清風については断言できることがあった。
 どれだけの障害が存在しても、清風は最後まで最高得点である四十点を諦めない。勝利を目指すのみではなく、たとえ結果として十点になろうとも、清風は最善を尽くすことを止めようとはしない。
 同じリーダーであり、また清風と過ごした二ヶ月半が教えてくれた。
 清風は、強い。
「ソレシカ、大丈夫か」
「甘く見るなよ。まだまだ余裕。って言いたいところだが、相手は清風だからな。抜けられるのは覚悟してくれ」
 ソレシカはブレイブではあっても、清風の近接戦闘での手強さを正しく理解していた。以前、清風はセキヤに吹っ飛ばされたことがあったが、それはセキヤの強さが異常なだけだったというのはその後の授業で実感している。
 タトエとサレトナから特に異常はないことを告げられてから、カクヤは前に向き直る。
 三度目のカウントが、始まった。
 すでに太陽は高い位置に上がっている。無残な姿になった舗装路と荒野を白い光で咎めるように照らしていた。
 同じ光によって金の髪を明るく輝かせながら、清風は不敵に笑っている。右手で剣を持ち、左手は空かせたままだ。速度を上げるために盾は手にしなかったのだろう。
 カクヤは即座に動けるように身構えながら、清風の挙動を見守った。
 そして、ユユシによる最後の攻撃の手番が回ってくる。

>第五章第十二話



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