戦歌を高らかに転調は平穏に 第十六話

 普段通りの、平らかに広がる校庭に講評試合の名残はない。いまは祭りの浮かれた陽気が漂っている。
 校庭の右側には屋台が並び、中央には簡単な椅子や机が並べられていた。左側には何もない。上空には、魔術による光が浮かべられていて、校庭を照らしていた。
 幸いにも今日も雨はない。少しだけ曇りがちな空の下で、学生達は食事をし、肩を組んで唄い、その響きに合わせて舞うなどをしていた。
 カクヤはその光景を、椅子を引っ張ってきて、校庭の左側から眺めていた。
 同じチャプターの仲間である、タトエはソレシカとマルディに両端から引っ張られている。食べにいくか、それとも踊るかで言い合っているようだ。タトエは順番にしようと言うのだが、ならばどちらからするのかと、今度は二人から詰められる。
 その光景に呆れたのか、途中からアユナが三人の間に加わった。マルディとは同じチャプターであるためか、彼女がどういう性格をしているのかも承知しているらしい。説得を試みている。声は多少しか聞こえないが、マルディがそこまで不満に思っていないことは伝わってきた。これから四人で、食事でもするのだろう。アユナの背後でタトエが安心した顔をしている。
 椅子とテーブルの並べられた方向に目を向けると、清風はフィリッシュとロリカと一緒にすでに、食事をしていた。紙皿に乗せられた平たい焼き物を頬張っている。ロリカは猫舌なのか、慎重に端を咥えては、息を吹きかけて冷ますということを繰り返していた。フィリッシュはもぐもぐと勢いよく食べている。
 端のテーブルでは、クロルとルーレスが何事かを話し合っている。魔法を扱う者同士として、真面目に今回の講評試合についてまだ討論しているのかもしれない。
 スィヴィアは惜しいところでユユシにも敗北した。二連敗は結構堪えるものだろう。
 カクヤだって、そうだった。
 さらに視線を動かせば、チケットを与えられた部外者も参加できるのか、レクィエとクレズニも隅で話をしている。他の保護者やアルスの店主らしき人も混ざっていた。
 その輪から、一人だけ外れていく者がいる。
 薄暗闇の中で、橙の髪を揺らしながらカクヤのいるところへ近づいてくるのは、サレトナだった。
 用意していた右隣の椅子に、サレトナは腰を下ろす。スカートに手を当てながらゆっくりと座る仕草というものは、どうしうてこう、男心をくすぐるのだろう。
「おまたせ」
「待ってたよ」
 軽く笑いあいながら、サレトナは周囲を見渡す。
「サフェリアさんは、セイジュリオには一度も来なかったわね」
「別にいい。サフェリアはいっつもああいう感じだから。好き勝手に行動して、こっちを振り回すんだよ」
 数々の幼い頃の思い出がよみがえる。
 カクヤの提案を却下して、強引に行動するのはサフェリアだというのに、いつも大人に怒られるのはカクヤだった。
 理不尽なことだ。
 だけど、決してそれが嫌ではなかったというのに。
 校庭に流れる音楽はアップテンポが多く、学生が持ち込んだのか弦楽まで届いてくる。打楽器の軽重入り交じった音が一層に場を盛り上げていた。
 黄色や赤の弾ける音で昂揚の炎が燃えさかる。
 カクヤとサレトナはその光景を眺めるだけだった。場に加わることもできたが、いまは外側にいて、遠くから多くの笑顔を見つめていた。
 決して、二分されているわけではない。マーブル模様のように混ざり合っているのだが、距離があった。静寂の乳白色と、喧噪の赤褐色がたゆたいながら横たわっている。
 その心境はこれからの告白がもたらす故だろう。
 カクヤはまだ、サレトナにサフェリアのことについて全く話していない。サレトナも聞くことはしなかった。
 講評試合が終わるまでは。
「あのね、カクヤ」
 サレトナが前を向きながら聞いてくる。
「サフェリアさんは、あなたのこと」
「恨んでいるかもしれない」
 言葉を奪うようにして言った。
 そんなことはないとは、わかっていた。サフェリアは賢い少女だ。たとえ、理由があっても相手を恨むという選択をするような存在ではない。
 サレトナもうっすらとサフェリアの気質を察しているのだろう。だが、カクヤが続く言葉を奪ったからか、本来口にしたかったはずの言葉を呑み込んだ。
 カクヤもサレトナを見ずに、前を向きながら話す。
「サフェリアが亡くなった姿を最初に見つけたのは、俺だから。だから、サフェリアがどうやって亡くなったのかは誰も知らないんだ」
 サレトナには言わない。
 二年前にカクヤの瞳に焼き付いた、サフェリアの最期は異様な光景だった。コップに水を汲みに行こうと部屋を出た。それだけの時間しか目を離していなかったというのに、次に部屋に戻ると、まるで天使が悼んだかのように、純白の花に包まれてサフェリアは亡くなっていた。
 誰にも言えない。
 カクヤしか、目にしていない。
 だって、サフェリアの両親が駆け込んだ時には、すでに寝台の上には花も何もなく、サフェリアは一人で横たわっていただけだった。
 自分が目にしたものは、衝撃の過ぎた妄想としか、思えない。

第六章第十七話



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