左側の会場に入ったカクヤたちを出迎えたのは、鏡映しに風光明媚な景観だった。
南の入り口から見ると北西に崖があり、淵から流れる滝は静かに音を立てながら中央の泉まで注がれている。崖の上が「駆け抜けた春」の四十点が得られる箇所だろう。崖の下の草原が三十点の箇所となり、泉から先の荒野が二十点の箇所、そしてそれより先に広がる障害のない舗装路が十点の箇所になる。
一通り会場を見渡すと、中央に集まる。下手がカクヤたち無音の楽団の陣地で、上手が清風率いるユユシの陣地となる。互いに、そこに攻め入らなくてはならない。
カクヤ、ソレシカ、タトエ、サレトナと並び。
清風、フィリッシュ、万理、ルーレスと向かい合う。
カクヤと清風の間に審判を務める教師が立った。
「フラッガーはどなたが担当しますか」
サレトナとルーレス以外が手を挙げる。教師は空板を起動すると、手を挙げた全員に旗を配布した。空板での確認を終えると、教師が補足説明をする。
「この会場は試合の終了時に再構築するように設定されています。そのため、構内との境界を破壊する以外の環境を変化させる全ての行為を許容します。試合の採点は随時、担当する教員と三学年の一部の学生によって行われていることを忘れないようにしてください。そして、倫理を常に持ち、正しく、前を向いて競い合うように」
手が上げられた。
「いまから、第二試合。無音の楽団とユユシの試合を開始いたします!」
きん、と高い音が響いた。教師の空板には「先攻:ユユシ」と出ている。
「無音の楽団は守備陣地に移動してください。終わりましたら、ユユシからの攻撃が開始されます」
タトエとサレトナが奥へ駆け出した。サレトナはいつもの制服のスカートで、崖の上まで登れるのかが心配になる。しかし、それは杞憂でタトエが着いた場所のすぐ近くに昇降装置があったらしく、崖の上まで運ばれる。瞬移の門の応用なのだろう。
ソレシカは前方で斧を提げながら構えている。
あとは、カクヤだけだ。
舗装路と草原の間の荒野に踏み入れる。刀を呼び出し、振り向き様に抜刀した。安全加工を施してあるため、たとえ全力で斬りつけても相手を断つ心配はない。
「準備、終えました」
カクヤが告げる。
「ユユシの手番です」
教師がユユシに促す。
最初にフラッガーとして現れたのは黄色い大槌を手にした万理だった。普段の、のんたりとした歩みを崩すことなく、一歩前に出る。
合わせて、時が音を立てて刻まれ始めた。しかし、カクヤたちには正確な時間経過がわからない。目安として、一人の手番は六分から八分とあったが、体感に頼るのは危うい。
確実に陣地を守り切らなくてはならない。
万理は一歩ずつ無音の楽団の陣地へと進んでいる。歩みが早いとは言えない。余裕の表れのようで、カクヤは万理の不意の挙動を見逃さないように目をこらした。
あと二歩でソレシカの陣地に入る前に万理は足を止めた。
「そんや、いかせてもらいます」
口にした言葉が溶けていく前に、ソレシカと万理が衝突した。斧と大槌が噛み合い、鈍い歯ぎしりを立てていく。がりごりがりと、互いに手を緩めずに相手を押しのけようとしていた。
ソレシカと一度、手合わせをしたカクヤは仲間の腕力が底知れずなのを知っている。簡単に打ち負かされることはないだろうが、そのことに気付いた万理がどのような手に打って出てくるかは不明だ。
最初に離れたのは万理だった。噛み合っていた槌を振り上げて、胴体ががら空きになる。ソレシカは即座に万理の腹部に斧の一撃を叩き込もうとするが、万理はさらに距離を作って離れていた。
ソレシカは動かない。斧を上段に構えたまま、万理の動きを待つ。
攻める側の万理はしばし考える様子を見せた。にこり、穏やかに不似合いな笑みを浮かべると、今度は駆けだしていく。ソレシカが腰を下げた。
「すんません」
万理の狙いはソレシカではない。
大槌は、ソレシカの足下に向かって炸裂した。一度の攻撃でもぐらが出たり入ったりしたような穴がいくつも生まれていく。舗装された道はあっけなく崩れていき、ソレシカは体の均衡を崩した。だが、倒れることはなくたたらを踏み、立ち直してから万理のいる左側に向かって大きく斧を振りかぶる。
万理はソレシカの攻撃を受けてから、右にステップを刻んだ。大槌を手にしているとは思えない身軽さだった。合わせて、ひび割れた地面が揺れていく。
そして、万理は右側からソレシカの横を駆け抜けていった。
これでユユシはまず十点を確保した。
カクヤは近づいてくる万理を揺るがず見据えて、距離を詰めていった。ソレシカの範囲よりも、カクヤの守る荒野の面積は狭い。横に広いのではなくて、縦に長く続いている。
あえて中道に立ち、万理がどちらに揺れても防げるように阻害していく。万理もカクヤの考えを察したのか、右に動いては右を塞がれ、左に動いては左を塞がれといった揺れを繰り返していた。
次に、万理が攻めかかる。
カクヤは刀を両手で刃先が右斜め上にそびえるように構えた。万理の大槌と衝突する。斧と違って刀は競り合いでは不利となるために、相手を突き放し、また距離を作る。
三瞬の隙でもあれば、聖歌によって自身を有利に立たせることもできる。だが、万理が相手だと二瞬の隙だけでもすぐに抜けられてしまうだろう。
対峙してみてわかったが、万理の武器は筋力だ。俊敏さも備えている。さらに、一度の攻撃で障害物を薙ぎ払って進むことができる点が万里の強みだ。
だから、カクヤは反対に細かな阻害物となって万理の前進を止めなくてはならない。せめて、この場は二十点を取るだけで留めたい。タトエのところ、さらにサレトナのところへ進撃させたくなかった。
万理は再び、攻め立ててくる。カクヤは受け、退ける。
かんがんかん、と向かってきては遠ざかっていく万理を、カクヤは十点の陣地まで押し戻せるかという思考がちらついた。ソレシカのところにまで、万理を引き下がらせることはできるのか。
カクヤは攻めの一手に打って出た。駆けて、万理に向かって刀を振る。
>第五章第十話