旋律は音を移して戦歌となる 第三話

 ソレシカの問いにサレトナが答える。
「まずはユユシ戦からね」
 実際の戦場はわからないが、見本の図は冊子に掲載されている。カクヤは全員が見られるように広げた。
 前方から、十点、二十点、三十点、四十点と割り振られていて、点数が高いほど面積は狭められている。
「私は一番得点の高いところを守った方が良いと思うの。守る範囲が狭いのなら、魔術でも対応できるから」
「そうだな。範囲で決めるなら、最初はソレシカ。次に俺で、タトエが三十点のところかな」
 作戦としては高得点を取らせることなく、前線で食い止めることを優先させた。ソレシカ、カクヤが破られたとしても、最後の守りであるサレトナは自身の陣地を守り切れるだろう。サレトナの扱う魔術の攻撃範囲は広い。
 難しいのは、タトエの役割だった。タトエの聖法や戦い方は援護や補助に回した方が光る。組む相手がいるのならば強いが、単身での戦闘は向いていない。しかし、今回の戦場は与えられた陣地を受け手は一人で守り切らなくてはならなかった。
 攻め手は三人までと決められていてそれらはフラッガーと呼ばれる。フラッガーにならなかった受け手は、「サポートカード」の権利が与えられて、他の陣地を二回まで支援できるらしい。しかし、いまの時点でどの機会でカードを切るかは目安程度にしか決められない。
 ユユシとはいまだ正面からチャプターとして戦ったことがない。そのため、手の内がほとんど読めなかった。
 清風がブレイブの剣士、フィリッシュがアーデントの蹴士、万理が同じくアーデントの槌士という近接型だということは戦闘実習などによりカクヤたちも情報を共有した。一番読めないのはルーレスで、クラスはクールではあるが、いままで自分の魔法を授業の場において披露する際には、常に物質補助魔法を使用していた。今回に備えて別の魔法を隠しているとしたら、相当な策略家になる。
 カクヤはルーレスが普段から浮かべている、穏やかかつ読めない笑みを思い出していた。
「フラッガーは、サレトナ以外でカクヤ、ソレシカ、そして僕になるの?」
 タトエが話を別方向から切り出してくる。カクヤは同意した。
「そうだな。サレトナはサポートに回ってもらいたい」
 ユユシとの講評試合における役割は決まった。
 次に、スィヴィアとの「沢山の、沢山」の際に使用する技法術を決めていく。一人が五つまで準備することができて、それ以外の技法術を使うと減点になる。
 カクヤは刀技を四つと、聖法を一つ選びながら、再度ルールが書かれた冊子を読み進めていく。
「ここでの方針は一つだ。サレトナは、落とさせない」
 「沢山の、沢山」の試合では何度試合相手に倒されても復活することはできる。デメリットは倒した相手に点が渡るだけだ。
 ルールに則るのならば、倒されることが前提の試合なのだろう。しかし、カクヤはサレトナを一度も倒されずに守り抜くと決めた。理屈で至ったわけでも、勝算を見出した結論でもない。大切な人を傷つけたくないというカクヤの我欲によるものが大きい。
 口にはできないカクヤの考えを汲み取ってくれたのか、タトエとソレシカも反対することはなかった。異議を唱えたのはサレトナだけだ。
「私が一番、相手に渡る点数が低かったらどうするの」
「だとしても。俺とソレシカとタトエで、サレトナを守り切る」
 サレトナを倒したくないというのはカクヤの我儘の側面が大きい。けれど、完全にそれだけで決めたのではない。ヤサギドリが講評試合の説明を補足する際に言っていたように、あらゆる手段を講じて勝利するよりも、知略を尽くした人として試合を制する必要がある。その場合、魔術を扱い、後方で戦うサレトナにまで試合相手が接近することを許してはならない。
 いわば、サレトナは「沢山の、沢山」の試合において城に位置する存在とも言える。
 城を落とされたら戦場では明確な敗北だ。
 そのことを伝えても、サレトナはまだ納得していないようだったが、ソレシカがばっさりと切り捨てる。
「俺たちが来るもの全部防ぐから、サレトナもビームをばんばか跳ばすなりして、相手を薙ぎ払ってくれ」
「スィヴィアとの戦いは、先手必勝の質より量といったものになるだろうから。戦局を変えるのはきっと、サレトナだよ。だから、最後まで生き残って」
 続くタトエの言葉に後押しされたのか、サレトナは深く頷いた。
「わかったわ」
 話は決まる。あとは、来週に備えて沈黙の楽器亭に帰宅するだけになった。
 カクヤはもう一度、講評試合の規則が書かれた冊子を読み返して、ある箇所に折り目をつけてから冊子を鞄に戻した。
 それぞれ帰る準備を進めていく。
「皆は、講評試合のチケットを誰に渡すの?」
「俺は馴染みの定食屋に持っていって、いらないと言われたらまあ適当に」
 ソレシカの言葉を聞きながら、カクヤはチケットをファイルから取り出すと、サレトナに差しだした。外部参加のチケットを目にしたサレトナはカクヤとチケットで視線を往復させる。
「クレズニさんとレクィエさんを誘ったらどうだ?」
「カクヤは、いいの?」
「わざわざ親に来てもらうほどでもないからな。クレズニさんに、楽しくセイジュリオで毎日を過ごしているってことを教えてやれよ」
 差しだしたまま微動だにしないカクヤの手に向かって、サレトナは手を出したり引っ込めたりを繰り返していた。最後には、受け取る。
「ありがとう、カクヤ」
「どーいたしまして」
 口元を緩めて、サレトナは先に教室を出て行く。その背中をカクヤたちは見送った。
「仲良くなれると良いな」
「ああ」
「俺にも兄はいるからサレトナの気持ちはわからんでも。いや、わからんな」
 腕を組んで、斜め上を見上げながらソレシカは言う。全く締まらなかった。
「なんなのさ」
 タトエはいつものように呆れを表に出していた。
「だってなあ。家を継ぐのは俺一人で十分だーなんて兄貴に言われて、なら好きにするさーって名目で家から離れたけど。サレトナはロストウェルスを継ぐ方だろ?」
「そうだね。卒業したら、一気に遠い存在になるのかなあ」
 北の地で聖氷を守り継ぐ役割を果たし続けている、ロストウェルスへサレトナはあと数年したら戻らなくてはならない。そうなってしまったら、気楽に会うことはできないだろう。
 カクヤも分不相応な関係を築けるのは現在だけということは自覚している。
 それでも。
「タトエの言うとおりにはならないよ」
 揃って、タトエとソレシカが顔を上げた。カクヤは穏やかな表情のまま話していく。
「俺たちはずっと、無音の楽団だ」
 この時に結んだ繋がりが切れることはないと言い切れる自信がカクヤにはあった。
 だって、サレトナはいまこの時を楽しんでくれているのだから。

第五章第四話



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