平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第十七話

 机の上に置かれたナイフから感じ取れるのは、無邪気な興味だ。鋭く研磨された刃先は触れるだけでぱくりと血を滲ませるだろう。
 最近のセイジュリオでは叶わなかった闘争ができることに、ソレシカは僅かだが体内を流れる血液が熱を持つのを感じた。
「場所は?」
「ここの地下でいいだろう」
 会話はそれだけだ。
 レクィエが席を立ち、ソレシカは続いてヨラズノベの地下へと移動する。
 地下は、想像以上に戦闘のための場所となっていた。地面は硬く敷き詰められた石畳でできていて、並ぶ建物は平屋ではあるが簡単な住宅街を模した造りになっている。気を抜いたら怪我をするだろう。
 ソレシカは不似合いな荷物置き場に大事な本などが入った手提げ袋を入れた。
 レクィエは中央で待っている。そこだけは広けた場所になっている。
 空板を起動して、ソレシカは武器を呼び出した。清風に助言をもらって、改良を施した「赫欠牙・戒」になる。赤く暗い牙を向けても、レクィエは楽しげなままだ。玩具の仕組みを観察するような目をしている。
「それじゃ」
 レクィエが投げる。空間に浮かぶのは、銀色に輝く「先陣の鐘」だ。
 しばらく、ゆうらりと水面を漂うように浮かんでいた鐘は、突如、落ちると音高く鳴り響いた。
 ソレシカは、先に斬りかかった。レクィエに左側に跳ばれてから、もう一度間合いを詰めようとするのだが、ナイフが頬を掠めて赤い血を浮かび上がらせる。拭う間もなく、ソレシカは右薙ぎの一撃を振るった。
 だが、斧は見えない障害にひっかかった。瞬きをするまでもない差によって、レクィエの蹴りが腹に食い込む。
 痛みはあった。だが、腹筋に力を入れて、相手を留めると先ほど振り下ろし切れなかった斧を垂直に落下させる。ぷつりという感触がして、先ほどまで不可視だった正体が見えるようになった。
 糸だ。普通の戦闘使用ではないだろう。魔術か魔法による加工がなされている。そうではないと斧を食い止めるなんて芸当はできないはずだ。
 レクィエの主な武器はナイフと糸だと察して、ソレシカはまた距離を作る。しかし、待っていたら逃げられて不利になる。
 ソレシカは再び、右側でナイフを弄んでいるレクィエに斬りかかった。斧の刃は当たらない。だが、跳ばした衝撃の波はいささかレクィエに手傷を負わせたようだ。表情がさらに楽しげなものへと変わる。
 レクィエは穴の空いた屋根に上がるとナイフを四本、投擲してきた。ソレシカは斧によって短い牙をやり過ごす。
 上と下からにらみ合いながら、膠着状態に陥った。ソレシカはレクィエほど身軽に屋根には上がれない。ならば、土台を破壊すべきかと手持ちの技を計算していく。
 それではつまらないと考えたのか、レクィエは降りてきた。そして、瞬時に地を蹴り上げる。突進してくるレクィエにソレシカも逃げることは選ばなかった。
 激突する。
 ソレシカの斧はレクィエの左腹に叩き込まれ、レクィエのナイフはソレシカの肩を抉った。勢いに任せて吹っ飛ぶレクィエに、肩の痛みをこらえながらもソレシカは近づいていく。
 だが、レクィエも衝撃をある程度は抑えたのか、即座に身をかがめてナイフを構える。
「これくらいにしておこうか」
「まだやれるぜ?」
 互いに笑みを浮かべたまま、軽口をたたき合う。先に武器をしまったのはレクィエだ。
「俺がやなの。手の内を明かしたくない」
「なら、そっちの降参負けな。なんか見返りないの?」
 冗談で言ったつもりだった。
 レクィエは服を整えながら返してくる。
「何でも一つ、あんたが困ったときに助けてやるよ」
「太っ腹だな」
 それは結構な借りになる気がしたが、ソレシカも突っ返すことはしなかった。
 レクィエが持っていた応急手当の道具によって、肩の怪我の治療をされながら、ソレシカはぼやいてしまう。
「サレトナを待たせとけばよかったな」
「癒やしの力は使いすぎるとよくないぜ」
 終わり、と肩を叩かれてからソレシカはヨラズノベを出ていった。レクィエはまだ地下ですることがあるらしい。
 一人の帰り道を歩きながら、ソレシカは先ほどの戦闘を思い出していた。
 すごく強くはなかった。だけれど、セイジュリオの学生を相手にしているのとはまた別の迫力と、危機感があった。
 視線をくぐり抜けた場数というものだろう。レクィエは命を賭けて戦い、勝利し、生き延びてきた。
「俺も、もっと強くなんないとな」
 ソレシカは腕を伸ばす。
 痛かった。あでで、とよろける。

>第七章第十八話



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