旋律は音を移して戦歌となる 第四話

 カクヤたちが帰宅した後も、三学年と教師たちによる設営と準備は続いていた。
 今回の講評試合の総括であるローエンカが忙しそうに見て回っているのを、トモイ・コールセンは何度も見かけていた。トモイはセキヤから差し入れを受け取った女子学生だ。
 トモイは後輩たちの差し入れをいつ教師陣に渡すべきかと、機をうかがっていた。ローエンカを初めとする教師たちに質問に来る学生は後を絶たない。そのたび教師たちは呼ばれた場所に向かってしまう。
「なにか、タオレン先生に質問ですか?」
 周囲を見渡していると後ろからヤスズに声をかけられた。トモイは振り向くと、手にしている袋に残された飲料をヤスズに見せる。
「後輩さんたちから差し入れをいただいたので、先生方にもお渡ししたくて」
「でしたら、私が渡しておきましょう。ありがとうございます」
 教師に使いを頼むのは気が引けたが、結局トモイはヤスズに袋を渡した。
 それからヤスズがローエンカのところに向かうのかと思ったのだが、話題の中心であるローエンカがヤスズのところに走ってきた。
「騎葉先生の警備班の確認は終了した。ヤサギドリ先生の進行もだ。そっちの、救護班の進捗は?」
「問題ありません。事前準備は全て終わっています」
「ならよかった」
 ローエンカは心底安心したように笑った。額の汗を腕で拭う。
 トモイはただの一学生でしかない。だから、することを任されたのならば、その役目を果たすだけで良い。その程度の責任で済む。
 けれど、今日は暑苦しいほど熱心に設営会場を駆け回るローエンカというものを見てしまった。正体の知らないヒーローの舞台裏を見てしまった気まずさのようなものを覚える。
「先生、こちら。差し入れだそうですよ」
 ヤスズがトモイの渡した袋を示す。ローエンカは苦笑した。
「ありがたいけど、受け取れないな。俺がしてるのは仕事だよ」
「などと格好付けて疲労で倒れる前に飲みなさい」
 厳しい口調でヤスズは言う。袋の中から、塩レモンジュースを取り出すとストローを刺してローエンカの手に近づけた。受け取ったローエンカは仕方なく塩レモンジュースを飲んでいく。
 ヤスズは完成間近の設営会場を見ながら言う。
「今年度は転入生も多いですし。初めてのセイジュリオでの行事を楽しんでくださるとよいですね」
「ああ。そのためにできることはしてきたが。あとは、本人たちのがんばり次第だな」
「大丈夫です、無様なところを見せたら、三年生が注意しにいきますから」
 講評試合は自分たちも通ってきた道だ。生半可な覚悟と準備で臨んだら、厳しい点を付ける用意はできている。
 トモイの言葉に、ローエンカは苦笑した。
「手加減してやれよ」
「いやです」
 にっこりと笑いながら、トモイは言い返した。
 あと数日で、一週間の戦祭が始まる。

第五章第五話



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