ローエンカに講評試合の説明を聞いた月の曜日から、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
今日はすでに金の曜日だ。
カクヤ、サレトナ、タトエにソレシカという一行は放課後に校庭へ向かっていた。手には差し入れの袋を提げている。
雨月の講評試合では三年生は特例を除いて試合をすることはない。会場の準備や設営、進行などを任される。
カクヤたちは会場の偵察も兼ねて、三年生に差し入れを渡しに来たのだが、会場には入れなかった。当然ながら、講評試合当日まで立ち入り禁止だと言われてしまう。
会場から少々離れたところで、カクヤは高所から指示を出すセキヤを見かけた。他の学生は白を基調とした制服だが、セキヤは黒いコートをまとっているため、よく目立つ。
カクヤは地上からセキヤに声をかけた。気付いたセキヤは、二階から三階ほどの高さのある台から、はしごを使わずに軽やかに飛び降りてくる。猫が自動販売機から降りるような身軽さに、もう驚くことはなかった。セキヤにはできないことなどほとんどないのだろう。
セキヤは近づき、髪をかき上げて四人の前に立った。
「調子はどうかな?」
「わりと順調です。あと、先輩方。お疲れ様です」
言って、カクヤは差し入れを差しだした。中には飲み物や軽食が詰まっている。
セキヤは受け取り、礼を述べた。
「ありがたいな。他の者たちにも分け与えなくては」
周囲を見渡すと、まだ作業をしている学生たちがいる。その中の一人の女学生が、セキヤの側に来た。緑の髪が目に鮮やかだった。
「トラちゃん。これ、配っておくから。後輩さんたちとお話していていいわよ」
「それはありがたいな。是非頼もう」
セキヤは同輩と思える女学生に青い袋を渡す。女学生はカクヤたちに慈しむ笑みを浮かべると、去っていった。
「準備や進行は三年生がするとは聞いていましたけど。大変そうですね」
「そうだな。することは多い。そして、タトエ・エルダー。アユナが世話になっていると聞いているよ。ありがとう」
上からの目線だが、穏やかに言われた内容にタトエははにかんだ。ソレシカはといえば、意外なことに嫉妬は見せない。妬いているのかどうかも不明だ。
「これから最後の詰めなんですか?」
「ああ、そうだ。ソレシカ・シトヤ。来年は君たちの番になるぞ。覚悟したまえ」
「へーい」
セキヤはソレシカのことも知っているようだった。どこで接点があったのかは不明だ。
「ああ、カクヤ。それとサレトナ嬢。講試の準備は万全か?」
「俺たちも、これから詰めになります」
教室に戻ったら、講評試合における戦術について相談する予定であった。その相談のためにも会場の様子を検分したかったのだが、いまは三年の学生たちが布の向こう側で忙しそうに動いている。
セキヤもそろそろ戻らなくてはならないのだろう。視線を背後に向けてから、言う。
「楽しみにしている。がんばりたまえ」
心強い応援の言葉だった。
カクヤは大きく頷く。その顔をじっと見つめられて、首を傾げた。
セキヤは微笑んだ。
「いまの君なら、きっと良い勝負ができるだろう。ルールを知り尽くしてから、万全の体勢で、彼らに挑むといい」
「はい」
今回の試合の相手は清風率いるユユシとクロル率いるスィヴィアだ。強敵であることは間違いなく、相手の勝利の意思は確固としている。
それでも、セキヤに期待された以上、無様な姿をさらすことをカクヤは許せなかった。
セキヤは手を上げて、また設営の場に加わっていく。
カクヤたちは二学年一クラスの教室へと戻っていった。
教室には誰もいない。ユユシは修練場で、スィヴィアは一学年三クラスで相談をするように決められていた。
タトエは珍しそうにカクヤたちの教室を見渡す。
「先輩たちの教室の椅子に座るのは、変な感じだね」
中央の席に、カクヤ、ソレシカ、タトエ、サレトナと円を描くように座った。タトエがノートを広げる。カクヤは講評試合のルールが書かれている冊子を取り出した。
「ルールは頭にたたき込んだ。大体の戦い方も決めた。でも、実際どういう場所で戦うのかはわからない。さて、後は何を決める?」
>第五章第三話