Memome

小説を視覚効果で書くことは私はあまり得意ではないです。
ゲームのシナリオや設定でしたらまだ良いのですけれども、小説本文で視覚のインパクトを狙われるときっついきつい。
文章のリズムで勝負したいです。
ドラえもんはロボットだけれどもAIではない、ということをずっと書きたいのです。
リプレ休憩の時期に書くかなあ。
眼鏡で男性で「浅はかだな」が口癖のツンデレ男性と、そのツンデレ男性を掌の上で転がせる女性を書きたいです。
と、考えたのですが、こちらも時代が認めにくいです。
いままで自身の価値観を積み上げてきた「好き」も「嫌い」もいまは大切にできていないので、まずは手にと取って感じることから再開したいです。
情熱を忘れるなかれ。
創作の世界は、創作者としては作品を生み出すことを楽しむことのできる場所です。
ただ、閲覧者としては残酷なまでに評価がついて回ります。
評価や読者数は作品の優劣によって決まるとは限りません。圧倒的に上手い作品が評価されることもあれば、偶然、時流に乗ることができた作品もあります。
いつ読んでもらえるか、評価されるかはわかりません。
だからこそ、創作者が覚えていたほうが良いことは二つあると私は思います。
一つは、作ることを楽しむことを忘れないこと。
二つ目は、いつ読んでもらっても大丈夫なように、誠実に作品を作り続けること。
したいことをするためにはある程度たたまないといけないのかもしれない、と考えています。
もうこの手に、全ては抱えきれないのだと。
個人サイトでのたのた書いている時が一番落ち着くのだなあ……と気付くなどして。
まめに宣伝はできますけれども、成果が出ないと駄目なので、広報はやっぱり苦手です。
最近、結果を焦っていてよくないです。
落ち着きましょう、そうしましょう。
まずはするべきことを決めて、やりたいことを見つけて、淡々と実行するのです。
「嫌い」も「好き」も伝えるのは自由ですけれども、同時に「好き」や「嫌い」と返されるのも覚悟しないといけないのでしょう。
あなたは私ではないですし、私もあなたではないため、完全な意見の同意はありえないのです。
自分の意見を伝えられるということ自体が尊いことです。
世情を見ていますと、その尊さが失われるかもしれないことが辛いですが。
どうしてもできないことで、デジタルだけでプロットを作るということが本当にできないのですよね。
プロット作成アプリやサービスを見てみるのですが、結局アナログにまとめてしまいます。
そのため、現時点でリプレの設定ノートが十冊に近づきつつあります。
タイムラインノートもまとめたら、十冊いきますね。