無音の楽団の陣地の前方にカクヤ、サレトナ、タトエ、ソレシカの四人は集合した。
対面するユユシの陣地では、フィリッシュを先頭にして、万理、ルーレス、そして清風が守護する者として位置している。
サレトナがまず口を開いた。
「基本点で言うのなら、カクヤとソレシカは四十点。タトエは最低でも二十、できたら三十点は勝ち取ってもらいたいところね」
「それで百点、もしくは百十点か。課題はどうやって、その点数を取るかだな。フィリッシュも万理も手強いし、ルーレスの箱のアレは厄介だ」
ソレシカが指摘する。タトエは頷いた。
「重要なのは、サレトナのサポートだよ。ユユシの時も、ルーレス先輩のサポートがあったから、点を取られた。清風先輩のところまでいくにはサレトナの手を借りて崩すしかない」
「ああ。だから、タトエは自力でフィリッシュと万理を越えてもらわないといけない。できるか?」
「がんばってみるよ」
タトエの気負わない返答によって、サレトナのサポートはカクヤとソレシカが受けることに決まった。
以降はカクヤとソレシカが、清風の陣地まで踏み込んでいく手段について話を進めていく。タトエが発見したように、清風の待つ陣地までは装置を使う必要がある。もしくは、ルーレスの箱と同様に移動する手段が必要だ。
「ソレシカ、今日は無効と倍増、どちらの日?」
「無効の日」
「だったら」
サレトナは一つの提案をする。カクヤには扱えない、ソレシカを対象にしたがために使える手段だった。
ソレシカはサレトナの提案に了承した。
あとは、カクヤが清風の陣地に踏み入る手段だ。ユユシと会敵した際の内容を参考にしながら考えて、サレトナの補助のタイミングが定まる。
鐘が鳴る。各自、配置に着く時間が訪れた。
無音の楽団の攻め手の順番は、ソレシカ、タトエ、カクヤに決まる。ソレシカが陣地の際に斧を手にしながら、立った。
『次は無音の楽団の手番です』
案内の音声とカウントが始まったのを聞きながら、ソレシカは前を見据える。崖の上で腕を組みながら、仁王立ちして清風は笑っていた。ルーレスは装置の前に立ち、万理は荒野の中心で大槌を支えにしている。フィリッシュだけが笑っていなかった。
ゼロ。
始まったカウントは終わりを告げた。
残り時間が刻まれると同時に、ソレシカは駆け出す。
最初に待ち受けるフィリッシュは聖法によるものと思われる、障壁を貼った。正しい選択だが、今日のソレシカには聖魔法術は干渉しない。避ける素振りもなく、障壁を貫いていった。
驚愕を見せる素振りもない。フィリッシュは行動を切り替える。ソレシカを止めるために上体へ向かって、背後から蹴りを入れた。かがむだけで、相手にもされない。
止めるためには阻害するべきだった。
ソレシカはあっさりとフィリッシュの陣地を抜けていく。次に待っているのは、万理だ。万理の攻撃は物理だから容赦なくソレシカを抉ってくる。
万理は攻め手であった時と同様に、狭い荒野をゆるゆると左右に揺れて近づいてくる。ソレシカも速度を落として、万理と向き合った。
二度目の斧と大槌の衝突だ。今度は、一撃で離れた。
「手加減してくんさいよ」
痺れが奔ったのか、右手で大槌を強く握りしめながら苦笑している。
「してやんない」
ソレシカは斧を持ち直す。そして、正面から跳び上がり、万理に向かって落ちていく。万理は避けることによって、抜けられる危険性よりも攻撃を受けて相手の行動を妨害することを選んだ。
ソレシカも読んでいたのか、万理に向かって振り下ろされた斧は体重の重みも乗って、大槌にぶつかる。後に万理の肩に斧の尖端が激突した。
万理の崩されることのない笑顔が歪む。ソレシカはかしぐ万理の背後を取って、一度様子を見てから走っていった。
「あったー……これ、衝撃の痺れだけや、ないなあ」
具体的に万理に及ぼした効果は後で聞くとして、二十点の関門をソレシカは越えた。後は、ルーレスと清風のみになる。
ソレシカが草原に足を踏み入れると同時に、ルーレスは箱の展開を終えていた。小さな十センチメートル正方の箱が群れとして溢れかえっている。
容易に攻め込む前に、どうしたものか。箱の効果はどういうものか。ソレシカは思考している。下手に突っ込んでいって、たかられるのは勘弁したいようだ。カクヤでもあの謎の箱にむらがられるのはいやだ。
だから、手札が切られる。
「サポートカード」
「許可!」
静かな声で宣誓したサレトナは、続いて詠唱に移る。
「月下を渡れ、氷舟」
短い詠唱の後に顕れたのは一人か二人分の氷による舟だった。舟はサレトナから離れるとソレシカに向かって一直線に空を飛んでいく。ソレシカは舟に飛び乗り、氷の手綱をつかんだ。
触れたら凍る零度の舟だが、今日のソレシカには聖魔法術が通じない。そのため、氷の舟に乗っても凍えることなく、乗りさばくことができる。
万理がルーレスの箱の法術で駆けていったように、ソレシカも氷の舟で箱の群れを砕き、蹴散らしていく。押されるルーレスだが、諦めることはしない。箱の増殖は続き、崖の上までの道を遮る蓋となった。
しかし、ソレシカの勢いは止まらない。舟を垂直にして、揺れを乗りこなしながら、箱による蓋に近づいたところで手綱を離し、斧をつかみ直して豪快に回転した。勢いに巻き込まれて空に散らばる、箱、そして最後に氷の舟に足を乗せて、跳び上がったソレシカは崖の上に着地した。
「よ」
「よっす」
片手を上げて気さくな挨拶をソレシカと清風は交わした。
すでに、ソレシカは空いている手でフラッグを清風の陣地に刺している。戦闘はない。
「なんだよー。戦ってくれないのかよー」
「本音を言うなら相手したいけど、こっちも負けられないんでな」
言って、ソレシカは装置を使って草原に戻り、荒野と舗装路を抜けて、無音の楽団の陣地に帰還した。
タトエとカクヤと片手を上げて打ち鳴らし、サレトナの手も上げさせて、軽く合わせた。
現時点で、無音の楽団の得点は四十点になる。好調な滑り出しといえた。
「それじゃあ、がんばってくるね!」
タトエが爛漫な声と共に前へ出る。
カウントが刻み終えるのを待つ時間が続く中、最もユユシに対して苦戦する相手がタトエだということをカクヤはわかっていた。サレトナからのサポートはカクヤに回すと決めた。タトエは一人で駆け抜けなくてはならない。機動性は高いが、補助や中距離攻撃を得意とするために、近接戦闘は不利だ。
それでも、タトエは前に進むと決めた。
「がんばれ!」
『無音の楽団の手番です』
カクヤの声援とスタートを切る声が重なった。
タトエは走り出して、フィリッシュが待ち受ける舗装路に入る。フィリッシュは再び、気による障壁を張った。
容易には砕けない薄く強固な壁に、対し、タトエは自身に星法をかける。
「瞬け星、照らすは我!」
薄く青い光がタトエをまとう。そうして、再び手をかざした。
「スターライン!」
「っく!」
清風に対して向けた星法を今度は障壁に向ける。五本の星の流れはタトエを中心として、流れ、障壁にひびを入れていく。
そのひびができたところにタトエは杖をかざしながらぶつかっていった。
一度目は崩れない。二度目は揺れて、三度目に障壁は音を立てて割れた。タトエは走る。舗装路を音を立てて抜けようとするが、フィリッシュが直接、しがみつきにかかった。横からの猛攻に対して、タトエはまだ走る。
場所が幸いした。
タトエは間一髪で、万理の陣地に入っていった。その背中をフィリッシュは悔しげに見送る。
今度の相手は、万理だ。相変わらずの緩い調子で大槌を振り回しながら言う。
「いいとこ見させてもらうよー」
「お互いにね」
荒野にて、白い十字の杖と黄色い大槌がぶつかり合う。万理の防御は堅く、タトエの不意を打つ星法にも揺らぐことはなかった。
立ち塞がる。前へ進めないように、空いた隙を確実に潰していく。それでもタトエは隙を作ろうと、万理に打突と星法で攻めていった。
最後に決めたのは時間だった。残り二十秒のところで、タトエは万理の陣地にフラッグを立てた。
無音の楽団は二十点を追加で得て、現時点で六十点となる。
最後の出陣は、カクヤだ。基本点で並ぶには、最低でもあと三十点は獲得しないといけない。
隣に立つソレシカが言う。
「カクヤ」
戻ってきたタトエが言う。
「カクヤ」
サレトナを見下ろすと、力強く頷かれた。信頼が杏色の瞳に宿っていた。
最後のカウントを聞きながら、カクヤは前を向く。
「いってくる」
陣地を割る直前で足を止めるとカウントが終わるのを待つ。
時間としては二時間もかかっていないのだろうが、心身共に疲弊する。これが戦いだ。実際の戦場であったら、現在の相談や準備の間すらも与えられない。暦が変わる以前に争っていた人たちは常に緊張と共に生きていたのだろう。
カクヤも講評試合によって、初めて戦場の雛形を教えられている。
『無音の楽団、最後の手番です』
声が響き、カクヤは走る。
勝つためには清風の下まで辿りつかないといけない。いまも、堂々と見下ろしている友人の前に立たなくてはいけないのだ。
前進するカクヤの前に、今度は障壁を使わずにフィリッシュが立ち塞がる。対峙すると同時に跳んできた鋭く下に曲がる蹴りをカクヤはかわした。直後に、いままで使われることのなかった拳が目の前をよぎる。蹴りほどの鋭さはないためにつかむことができた。行動を制限する。
「ノートル」
「なによ!」
近い距離で響くその声は物理的に耳が痛くなる。
「俺は、サレトナの敵じゃない」
不意に出た言葉は意味がわからないものだった。フィリッシュの力も緩められる。困惑が見て取れた。
「ノートルだって、サレトナの友達なんだろ」
三白眼が、一瞬だけ揺れる。その後にカクヤを真っ直ぐに見た。試合の中で一番、清々しい色をした目だった。口元には笑みも浮かんでいる。
「そうよ。私はサレトナの、一番の友達なんだから! 勝っても大丈夫なくらいにね!」
フィリッシュの蹴りが入る。カクヤは受け止めて、支柱を崩すことに専念した。立派な体幹をして、中々揺らすことができないが、カクヤは刀を引いて、再び斬りかかる。
刃物を向けられる恐怖はまだこらえきれないのか、フィリッシュは左に避ける。カクヤはさらに左に向けて刀を振ると、空いた隙間に自身を捻じ込んで、舗装路を駆けだした。
フィリッシュは追ってこない。両手を腰に当てて、見送ってくれている。
次の荒野で万理が待つ。カクヤは、駆ける速度を上げた。万理が大槌を振り上げる。
「我が祈りのために祈る!」
いままでタトエに向かって使っていた、聖法向上の法を自身にかける。勢いを落とさずに、万理に向かって進攻を続けた。
隙を縫い、一閃を震わせる。
万理は崩れ落ちた。
カクヤは振り向かずに、ルーレスの待つ草原へと走っていく。
「いいとこないなあ」
万理のぼやきだけは聞いた。少々、申し訳なかった。
ルーレスはカクヤが踏み入ると同時に、箱の法術を展開させていた。いままで補助として使われていた箱は明確な敵意を持ってカクヤに襲いかかる。
足を止めて、カクヤは待った。
「サポートカード」
「許可」
一瞬だけ、間が空いた。
カクヤの背後に七つ、氷の円陣が浮かんでいく。逆光に照らされるまま微動だにしないカクヤをルーレスはいぶかしんだようだが、箱の勢いを止めずに動かしていく。
「氷陣砕華!」
サレトナの言葉に反応し、円陣から五重の弁を持つ花が咲いていく。七輪の氷の花々は高らかに唄うと、一瞬にしてルーレスの箱を凍らせて、砕いていく。ぱり、りんりん、りんと涼やかな音が奏でられた。
圧倒的な魔力による破壊にルーレスは肩をすくめる。これ以上、無音の楽団の歩みを阻害する気は無いようだった。
「いきなよ。僕は、近接戦闘はてんで駄目なんだ」
「ああ」
時間はあと、二分しかない。
カクヤは装置に乗ると、崖まで上がっていった。
待っているのは、ユユシのリーダーであり、カクヤたちの友であり、不屈の根性を持つ少年。
清風だ。
「よ!」
「待たせたな!」
言葉を交わしたのは、それだけだ。
カクヤも清風も真正面から、刀と剣を噛み合わせた。時間は残り少ない。だけれど、カクヤはすぐにフラッグを立てて勝つのではなくて、清風を乗り越えてからフラッグを掲げたかった。
勝利を望む気持ちを捨てたくない。
サレトナは俺の勝利を許してくれたから。
かん、きん、かんと剣戟の音が響いていく。もとから実況のない試合だが、誰もがあと一分後の結果を待っているようだった。
五十。カクヤの刀が緋閃を描く。
四十。清風の剣が受け止め、弾く。
三十。カクヤは最後の攻勢に出た。
二十。清風は一撃を確かに受け止めた。
十。カクヤはフラッグをつかむ。
五。清風はカクヤの肩に斬りかかった。
三。フラッグは落下する。
崖から大人しく身を投げたフラッグは、草原に突き刺さった。
『試合は終了しました。いまから、無音の楽団の点数を講評いたします』
アナウンスの内容を聞いて、カクヤはようやく力を抜くことができた。それは清風も同じなのか、カクヤの肩に腕を回してへばりついてくる。
「戦うのは好きだけどさ。こう、ずっと武器を持って気を張るってのはやだな」
「俺も初めての経験だから、疲れたよ」
話しながら、装置を使って一緒に草原まで降りる。ルーレス、万理、フィリッシュが加わると、清風はカクヤを突き放した。
カクヤは、自身の属する無音の楽団へと戻っていった。
「四十点は取れなかったな」
「ううん。まだ、結果は出ていないから」
論は割れているのか、結果はまだ出ない。カクヤはいまだ九十としか書かれていない無音の楽団の空板と、百六十と書かれているユユシの空板を見比べる。
ざわめく会場と、沈黙が続く戦場に動きが見えたのは、少し経ってからだった。
無音の楽団の空板の点数が増えていく。
百、百十と加点されていくのを見守っていると、百五十で点は止まった。
『お待たせしました。無音の楽団の基本得点は九十点、評価点による加点は六十点、合計で百五十点が無音の楽団の獲得した点数となります』
負けた。
カクヤはじわりと広がっていく苦い悔しさを噛みしめながら、苦さを感じられることに感謝していた。講評試合の前だったら、「仕方ない」などとうそぶきながらみっともなく諦めていただけだろう。
サレトナは心配だと、見上げてくれている。自分を気遣ってくれる仲間が傍にいる。それだけだって、十二分にありがたい。
「サレトナ、ありがとう。大丈夫だよ。『矜持』は使わない」
「それで、いいの?
「ああ。だって、皆疲れてるし。まだスィヴィアとの試合もある。いまが終わったって、終わりじゃない」
セキヤからの助言を受けて、ルールを見直したときに知った。僅差で敗北した側のリーダーが『矜持』を宣言したら、リーダー同士の再戦で勝負を決め直すことができる。
カクヤはしないこと選んだ。ユユシは勝利に値するチャプターであり、自分たちもできることで戦った。だから、この結果に不満はない。
『手短になりますが、講評に移ります』
アナウンスがまた響いた。無音の楽団、ユユシは共に傾聴の姿勢を取る。
ローエンカが音声拡張器の調整を始める声がする。
『っと。よし。では、今回の試合について。双方、共に適材適所の配置をしていた。基本点に関しては順当とされる。強いて言うのならば、無音の楽団が最後に切り替え早くフラッグを立てていたら、もう十点を得ることができた。こちらは惜しいところだ』
カクヤの腹をソレシカがつついてくる。タトエが止めた。
『評価点に関してだが、ユユシが十点だけ無音の楽団を上回ったのは、各自の役割における安定感が大きい。特にルーレス・コトアの箱魔法による移動法は、ずるいという意見もないわけではなかった。しかし、斬新な魔法という評価が上回った。柔軟な思考と、使用は今後の技法術の発展において不可欠とされる。皆、励むように。続いて、万理・タンガーの自身の能力を最大限に活かした点、フィリッシュ・ノートルの諦めない点も、評価された。最後に、清風・ノックスに関しては、リーダーとしてユユシを日頃からまとめているのが伝わってきた。指示無くしても、無謀なしの行動を各自に取らせた点は高い評価を得た』
拍手が起こる。
カクヤも不満はないので、素直に講評内容に賛成した。
ルーレスと清風が特に高評価であったが、万理もよく動いた。気になるのはフィリッシュであったが、触れられていないためいまは口をつぐむ。
続いて、無音の楽団の講評が始まる。
『無音の楽団の評価点に関しては、統率のつたなさが第一に挙げられた。個々人の能力の高さが見えるからこそ、打ち合わせの練りが甘かった点。また試合展開は各自の力でリカバリーしていた点が惜しい。いくつかパターンを作り、攻撃と守備の歩調を合わせられたら、さらに伸びることが予想される。しかし、清風・ノックスの手番の際にとっさにカクヤ・アラタメとタトエ・エルダーが救援に入ったところは高い評価を得た。ソレシカ・シトヤの特異性とサレトナ・ロストウェルスの魔術と状況判断は得がたいものであるので、今後とも精進を重ねていくように。まずは、戦術において譲れない方針を決めると良いとされる。以上』
不出来であった点と、今後の伸び代を両方ともローエンカはまとめてくれた。
カクヤは耳が痛かったが、それはサレトナも、タトエもソレシカも同じだったようで、全員でうなずき合う。
無音の楽団にはまだまだ足りないところが多くある。だからこそ、成長できると信じて、前に進んでいく。
響く拍手の音を聞きながら、無音の楽団とユユシは整列し、礼をした。
第五章 旋律は音を移して戦歌となる 一括掲載版
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