第五章 旋律は音を移して戦歌となる 一括掲載版

 ローエンカに講評試合の説明を聞いた月の曜日から、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
 今日はすでに金の曜日だ。
 カクヤ、サレトナ、タトエにソレシカという一行は放課後に校庭へ向かっていた。手には差し入れの袋を提げている。
 雨月の講評試合では三年生は特例を除いて試合をすることはない。会場の準備や設営、進行などを任される。
 カクヤたちは会場の偵察も兼ねて、三年生に差し入れを渡しに来たのだが、会場には入れなかった。当然ながら、講評試合当日まで立ち入り禁止だと言われてしまう。
 会場から少々離れたところで、カクヤは高所から指示を出すセキヤを見かけた。他の学生は白を基調とした制服だが、セキヤは黒いコートをまとっているため、よく目立つ。
 カクヤは地上からセキヤに声をかけた。気付いたセキヤは、二階から三階ほどの高さのある台から、はしごを使わずに軽やかに飛び降りてくる。猫が自動販売機から降りるような身軽さに、もう驚くことはなかった。セキヤにはできないことなどほとんどないのだろう。
 セキヤは近づき、髪をかき上げて四人の前に立った。
「調子はどうかな?」
「わりと順調です。あと、先輩方。お疲れ様です」
 言って、カクヤは差し入れを差しだした。中には飲み物や軽食が詰まっている。
 セキヤは受け取り、礼を述べた。
「ありがたいな。他の者たちにも分け与えなくては」
 周囲を見渡すと、まだ作業をしている学生たちがいる。その中の一人の女学生が、セキヤの側に来た。緑の髪が目に鮮やかだった。
「トラちゃん。これ、配っておくから。後輩さんたちとお話していていいわよ」
「それはありがたいな。是非頼もう」
 セキヤは同輩と思える女学生に青い袋を渡す。女学生はカクヤたちに慈しむ笑みを浮かべると、去っていった。
「準備や進行は三年生がするとは聞いていましたけど。大変そうですね」
「そうだな。することは多い。そして、タトエ・エルダー。アユナが世話になっていると聞いているよ。ありがとう」
 上からの目線だが、穏やかに言われた内容にタトエははにかんだ。ソレシカはといえば、意外なことに嫉妬は見せない。妬いているのかどうかも不明だ。
「これから最後の詰めなんですか?」
「ああ、そうだ。ソレシカ・シトヤ。来年は君たちの番になるぞ。覚悟したまえ」
「へーい」
 セキヤはソレシカのことも知っているようだった。どこで接点があったのかは不明だ。
「ああ、カクヤ。それとサレトナ嬢。講試の準備は万全か?」
「俺たちも、これから詰めになります」
 教室に戻ったら、講評試合における戦術について相談する予定であった。その相談のためにも会場の様子を検分したかったのだが、いまは三年の学生たちが布の向こう側で忙しそうに動いている。
 セキヤもそろそろ戻らなくてはならないのだろう。視線を背後に向けてから、言う。
「楽しみにしている。がんばりたまえ」
 心強い応援の言葉だった。
 カクヤは大きく頷く。その顔をじっと見つめられて、首を傾げた。
 セキヤは微笑んだ。
「いまの君なら、きっと良い勝負ができるだろう。ルールを知り尽くしてから、万全の体勢で、彼らに挑むといい」
「はい」
 今回の試合の相手は清風率いるユユシとクロル率いるスィヴィアだ。強敵であることは間違いなく、相手の勝利の意思は確固としている。
 それでも、セキヤに期待された以上、無様な姿をさらすことをカクヤは許せなかった。
 セキヤは手を上げて、また設営の場に加わっていく。
 カクヤたちは二学年一クラスの教室へと戻っていった。
 教室には誰もいない。ユユシは修練場で、スィヴィアは一学年三クラスで相談をするように決められていた。
 タトエは珍しそうにカクヤたちの教室を見渡す。
「先輩たちの教室の椅子に座るのは、変な感じだね」
 中央の席に、カクヤ、ソレシカ、タトエ、サレトナと円を描くように座った。タトエがノートを広げる。カクヤは講評試合のルールが書かれている冊子を取り出した。
「ルールは頭にたたき込んだ。大体の戦い方も決めた。でも、実際どういう場所で戦うのかはわからない。さて、後は何を決める?」
 ソレシカの問いにサレトナが答える。
「まずはユユシ戦からね」
 実際の戦場はわからないが、見本の図は冊子に掲載されている。カクヤは全員が見られるように広げた。
 前方から、十点、二十点、三十点、四十点と割り振られていて、点数が高いほど面積は狭められている。
「私は一番得点の高いところを守った方が良いと思うの。守る範囲が狭いのなら、魔術でも対応できるから」
「そうだな。範囲で決めるなら、最初はソレシカ。次に俺で、タトエが三十点のところかな」
 作戦としては高得点を取らせることなく、前線で食い止めることを優先させた。ソレシカ、カクヤが破られたとしても、最後の守りであるサレトナは自身の陣地を守り切れるだろう。サレトナの扱う魔術の攻撃範囲は広い。
 難しいのは、タトエの役割だった。タトエの聖法や戦い方は援護や補助に回した方が光る。組む相手がいるのならば強いが、単身での戦闘は向いていない。しかし、今回の戦場は与えられた陣地を受け手は一人で守り切らなくてはならなかった。
 攻め手は三人までと決められていてそれらはフラッガーと呼ばれる。フラッガーにならなかった受け手は、「サポートカード」の権利が与えられて、他の陣地を二回まで支援できるらしい。しかし、いまの時点でどの機会でカードを切るかは目安程度にしか決められない。
 ユユシとはいまだ正面からチャプターとして戦ったことがない。そのため、手の内がほとんど読めなかった。
 清風がブレイブの剣士、フィリッシュがアーデントの蹴士、万理が同じくアーデントの槌士という近接型だということは戦闘実習などによりカクヤたちも情報を共有した。一番読めないのはルーレスで、クラスはクールではあるが、いままで自分の魔法を授業の場において披露する際には、常に物質補助魔法を使用していた。今回に備えて別の魔法を隠しているとしたら、相当な策略家になる。
 カクヤはルーレスが普段から浮かべている、穏やかかつ読めない笑みを思い出していた。
「フラッガーは、サレトナ以外でカクヤ、ソレシカ、そして僕になるの?」
 タトエが話を別方向から切り出してくる。カクヤは同意した。
「そうだな。サレトナはサポートに回ってもらいたい」
 ユユシとの講評試合における役割は決まった。
 次に、スィヴィアとの「沢山の、沢山」の際に使用する技法術を決めていく。一人が五つまで準備することができて、それ以外の技法術を使うと減点になる。
 カクヤは刀技を四つと、聖法を一つ選びながら、再度ルールが書かれた冊子を読み進めていく。
「ここでの方針は一つだ。サレトナは、落とさせない」
 「沢山の、沢山」の試合では何度試合相手に倒されても復活することはできる。デメリットは倒した相手に点が渡るだけだ。
 ルールに則るのならば、倒されることが前提の試合なのだろう。しかし、カクヤはサレトナを一度も倒されずに守り抜くと決めた。理屈で至ったわけでも、勝算を見出した結論でもない。大切な人を傷つけたくないというカクヤの我欲によるものが大きい。
 口にはできないカクヤの考えを汲み取ってくれたのか、タトエとソレシカも反対することはなかった。異議を唱えたのはサレトナだけだ。
「私が一番、相手に渡る点数が低かったらどうするの」
「だとしても。俺とソレシカとタトエで、サレトナを守り切る」
 サレトナを倒したくないというのはカクヤの我儘の側面が大きい。けれど、完全にそれだけで決めたのではない。ヤサギドリが講評試合の説明を補足する際に言っていたように、あらゆる手段を講じて勝利するよりも、知略を尽くした人として試合を制する必要がある。その場合、魔術を扱い、後方で戦うサレトナにまで試合相手が接近することを許してはならない。
 いわば、サレトナは「沢山の、沢山」の試合において城に位置する存在とも言える。
 城を落とされたら戦場では明確な敗北だ。
 そのことを伝えても、サレトナはまだ納得していないようだったが、ソレシカがばっさりと切り捨てる。
「俺たちが来るもの全部防ぐから、サレトナもビームをばんばか跳ばすなりして、相手を薙ぎ払ってくれ」
「スィヴィアとの戦いは、先手必勝の質より量といったものになるだろうから。戦局を変えるのはきっと、サレトナだよ。だから、最後まで生き残って」
 続くタトエの言葉に後押しされたのか、サレトナは深く頷いた。
「わかったわ」
 話は決まる。あとは、来週に備えて沈黙の楽器亭に帰宅するだけになった。
 カクヤはもう一度、講評試合の規則が書かれた冊子を読み返して、ある箇所に折り目をつけてから冊子を鞄に戻した。
 それぞれ帰る準備を進めていく。
「皆は、講評試合のチケットを誰に渡すの?」
「俺は馴染みの定食屋に持っていって、いらないと言われたらまあ適当に」
 ソレシカの言葉を聞きながら、カクヤはチケットをファイルから取り出すと、サレトナに差しだした。外部参加のチケットを目にしたサレトナはカクヤとチケットで視線を往復させる。
「クレズニさんとレクィエさんを誘ったらどうだ?」
「カクヤは、いいの?」
「わざわざ親に来てもらうほどでもないからな。クレズニさんに、楽しくセイジュリオで毎日を過ごしているってことを教えてやれよ」
 差しだしたまま微動だにしないカクヤの手に向かって、サレトナは手を出したり引っ込めたりを繰り返していた。最後には、受け取る。
「ありがとう、カクヤ」
「どーいたしまして」
 口元を緩めて、サレトナは先に教室を出て行く。その背中をカクヤたちは見送った。
「仲良くなれると良いな」
「ああ」
「俺にも兄はいるからサレトナの気持ちはわからんでも。いや、わからんな」
 腕を組んで、斜め上を見上げながらソレシカは言う。全く締まらなかった。
「なんなのさ」
 タトエはいつものように呆れを表に出していた。
「だってなあ。家を継ぐのは俺一人で十分だーなんて兄貴に言われて、なら好きにするさーって名目で家から離れたけど。サレトナはロストウェルスを継ぐ方だろ?」
「そうだね。卒業したら、一気に遠い存在になるのかなあ」
 北の地で聖氷を守り継ぐ役割を果たし続けている、ロストウェルスへサレトナはあと数年したら戻らなくてはならない。そうなってしまったら、気楽に会うことはできないだろう。
 カクヤも分不相応な関係を築けるのは現在だけということは自覚している。
 それでも。
「タトエの言うとおりにはならないよ」
 揃って、タトエとソレシカが顔を上げた。カクヤは穏やかな表情のまま話していく。
「俺たちはずっと、無音の楽団だ」
 この時に結んだ繋がりが切れることはないと言い切れる自信がカクヤにはあった。
 だって、サレトナはいまこの時を楽しんでくれているのだから。

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