第五章 旋律は音を移して戦歌となる 一括掲載版

 左側の会場に入ったカクヤたちを出迎えたのは、鏡映しに風光明媚な景観だった。
 南の入り口から見ると北西に崖があり、淵から流れる滝は静かに音を立てながら中央の泉まで注がれている。崖の上が「駆け抜けた春」の四十点が得られる箇所だろう。崖の下の草原が三十点の箇所となり、泉から先の荒野が二十点の箇所、そしてそれより先に広がる障害のない舗装路が十点の箇所になる。
 一通り会場を見渡すと、中央に集まる。下手がカクヤたち無音の楽団の陣地で、上手が清風率いるユユシの陣地となる。互いに、そこに攻め入らなくてはならない。
 カクヤ、ソレシカ、タトエ、サレトナと並び。
 清風、フィリッシュ、万理、ルーレスと向かい合う。
 カクヤと清風の間に審判を務める教師が立った。
「フラッガーはどなたが担当しますか」
 サレトナとルーレス以外が手を挙げる。教師は空板を起動すると、手を挙げた全員に旗を配布した。空板での確認を終えると、教師が補足説明をする。
「この会場は試合の終了時に再構築するように設定されています。そのため、構内との境界を破壊する以外の環境を変化させる全ての行為を許容します。試合の採点は随時、担当する教員と三学年の一部の学生によって行われていることを忘れないようにしてください。そして、倫理を常に持ち、正しく、前を向いて競い合うように」
 手が上げられた。
「いまから、第二試合。無音の楽団とユユシの試合を開始いたします!」
 きん、と高い音が響いた。教師の空板には「先攻:ユユシ」と出ている。
「無音の楽団は守備陣地に移動してください。終わりましたら、ユユシからの攻撃が開始されます」
 タトエとサレトナが奥へ駆け出した。サレトナはいつもの制服のスカートで、崖の上まで登れるのかが心配になる。しかし、それは杞憂でタトエが着いた場所のすぐ近くに昇降装置があったらしく、崖の上まで運ばれる。瞬移の門の応用なのだろう。
 ソレシカは前方で斧を提げながら構えている。
 あとは、カクヤだけだ。
 舗装路と草原の間の荒野に踏み入れる。刀を呼び出し、振り向き様に抜刀した。安全加工を施してあるため、たとえ全力で斬りつけても相手を断つ心配はない。
「準備、終えました」
 カクヤが告げる。
「ユユシの手番です」
 教師がユユシに促す。
 最初にフラッガーとして現れたのは黄色い大槌を手にした万理だった。普段の、のんたりとした歩みを崩すことなく、一歩前に出る。
 合わせて、時が音を立てて刻まれ始めた。しかし、カクヤたちには正確な時間経過がわからない。目安として、一人の手番は六分から八分とあったが、体感に頼るのは危うい。
 確実に陣地を守り切らなくてはならない。
 万理は一歩ずつ無音の楽団の陣地へと進んでいる。歩みが早いとは言えない。余裕の表れのようで、カクヤは万理の不意の挙動を見逃さないように目をこらした。
 あと二歩でソレシカの陣地に入る前に万理は足を止めた。
「そんや、いかせてもらいます」
 口にした言葉が溶けていく前に、ソレシカと万理が衝突した。斧と大槌が噛み合い、鈍い歯ぎしりを立てていく。がりごりがりと、互いに手を緩めずに相手を押しのけようとしていた。
 ソレシカと一度、手合わせをしたカクヤは仲間の腕力が底知れずなのを知っている。簡単に打ち負かされることはないだろうが、そのことに気付いた万理がどのような手に打って出てくるかは不明だ。
 最初に離れたのは万理だった。噛み合っていた槌を振り上げて、胴体ががら空きになる。ソレシカは即座に万理の腹部に斧の一撃を叩き込もうとするが、万理はさらに距離を作って離れていた。
 ソレシカは動かない。斧を上段に構えたまま、万理の動きを待つ。
 攻める側の万理はしばし考える様子を見せた。にこり、穏やかに不似合いな笑みを浮かべると、今度は駆けだしていく。ソレシカが腰を下げた。
「すんません」
 万理の狙いはソレシカではない。
 大槌は、ソレシカの足下に向かって炸裂した。一度の攻撃でもぐらが出たり入ったりしたような穴がいくつも生まれていく。舗装された道はあっけなく崩れていき、ソレシカは体の均衡を崩した。だが、倒れることはなくたたらを踏み、立ち直してから万理のいる左側に向かって大きく斧を振りかぶる。
 万理はソレシカの攻撃を受けてから、右にステップを刻んだ。大槌を手にしているとは思えない身軽さだった。合わせて、ひび割れた地面が揺れていく。
 そして、万理は右側からソレシカの横を駆け抜けていった。
 これでユユシはまず十点を確保した。
 カクヤは近づいてくる万理を揺るがず見据えて、距離を詰めていった。ソレシカの範囲よりも、カクヤの守る荒野の面積は狭い。横に広いのではなくて、縦に長く続いている。
 あえて中道に立ち、万理がどちらに揺れても防げるように阻害していく。万理もカクヤの考えを察したのか、右に動いては右を塞がれ、左に動いては左を塞がれといった揺れを繰り返していた。
 次に、万理が攻めかかる。
 カクヤは刀を両手で刃先が右斜め上にそびえるように構えた。万理の大槌と衝突する。斧と違って刀は競り合いでは不利となるために、相手を突き放し、また距離を作る。
 三瞬の隙でもあれば、聖歌によって自身を有利に立たせることもできる。だが、万理が相手だと二瞬の隙だけでもすぐに抜けられてしまうだろう。
 対峙してみてわかったが、万理の武器は筋力だ。俊敏さも備えている。さらに、一度の攻撃で障害物を薙ぎ払って進むことができる点が万里の強みだ。
 だから、カクヤは反対に細かな阻害物となって万理の前進を止めなくてはならない。せめて、この場は二十点を取るだけで留めたい。タトエのところ、さらにサレトナのところへ進撃させたくなかった。
 万理は再び、攻め立ててくる。カクヤは受け、退ける。
 かんがんかん、と向かってきては遠ざかっていく万理を、カクヤは十点の陣地まで押し戻せるかという思考がちらついた。ソレシカのところにまで、万理を引き下がらせることはできるのか。
 カクヤは攻めの一手に打って出た。駆けて、万理に向かって刀を振る。
 万理は飛び下がった。そこは十点と二十点の狭間に位置する。だが、その緩んだ顔には不似合いな笑みがまた、浮かんでいた。
「サポートカード!」
「許可!」
 ルーレスが声を上げる。
 サポートカードとは、フラッガーではない者だけが攻め手の時に二回だけ切ることの可能な手札だ。それが使われる宣誓に、場がざわめいた。カクヤの気もつい奪われる。
「私はその箱について知っている」
 ルーレスの詠唱が終わると同時に、後ろに下がった万理の足下に箱が生まれていく。その箱は、カクヤの頭上を越えてタトエの陣地まで続いていった。
 カクヤは判断を誤る。
 最後尾に待ち受ける箱ではなく、箱を跳び始めてから二つ目の万理を狙ってしまった。瞬時の差で、万理は箱を足場にして荒野を抜けていく。
 振り向くと、もう遅い。万理は片手を振って、タトエの陣地に足を踏み入れていた。
「気にしないでいいよ!」
 タトエから声が飛んで来た。
 カクヤは自身の失態を悔やむ間もない。タトエの前に立った、万理を見つめる。
 万理はタトエと距離を空けて地面に降り立つと、空板から呼び出したフラッグを地面に刺した。
 鈍く、鐘の鳴る音が響く。その音は非情だが、救いでもあった。
 万理の攻撃の時間が終わった証であるためだ。
 残り時間を見て決めたのか、それともタトエと戦う余裕が万理になかったのかは不明だ。確かなのはユユシに三十点の加点がなされたことだった。
 万理の退場を見送りながら、カクヤはこれまでを振り返る。
 ソレシカの陣地の際には、舗装路という点を上手く使われて、体勢を崩された隙に抜かれた。
 カクヤの陣地の時は、ルーレスの魔法の出現が大きな痛手となった。これまでの授業で、ルーレスが扱っていたのは物質補助魔法しかなかった。戦場にだからもまさかもないが、ここで箱を扱う魔法を使用するなどとは思いもよらず、抜かれた。
 この試合は想像していたよりも守る側に不利だ。
 相手を倒すのではなく、いかにして自身が相手にとって道を阻害する存在になるかの方法について考えなくてはならない。
 結論を出したカクヤは、陣地から離れられないままソレシカの名前を呼んだ。
「ん?」
「次の相手の時はもっと陣地を壊してもいいから。とにかく、一秒でも多く時間を稼いでくれ。この試合は、相手を邪魔することが鍵だ」
 ソレシカは前を向いたまま、手を挙げて応えた。
「タトエとサレトナは、いまのところこのままでいい」
 後ろに向かって呼びかけるとサレトナからは「了解」という返事が空板から届いた。タトエは頷いている。
 再び、カウントが刻まれる。
 ユユシの陣地に出てきたのはフィリッシュだった。武器はない。蹴り技を主にしているため、身軽だ。隙を見せたら一気に走り抜けられる。
 一秒ずつ減っていく数を聞きながら、カクヤはフィリッシュの様子をうかがう。ばちりと視線が合った際、常から厳しい印象を与える三白眼の瞳が、さらに厳しい色を増した気がした。
「ユユシの手番です」
 カウントがゼロになると同時に宣言される。
 フィリッシュは、駆けだした。鹿のしなやかさと真っ直ぐさを持ってためらうことなくソレシカに向かっていく。
 ソレシカはといえば、フィリッシュが駆けるのを見つめながら、万理によって崩された舗装路を斧を振るうことによってさらに砕いていた。衝撃が伝わったのか、フィリッシュはわずかによろけるが、走る速度は増していく。
 ソレシカは壊した舗装路の瓦礫の一部をフィリッシュの進む先に跳ばす。さすがに一瞬、フィリッシュの足が止まった。
 ソレシカはフィリッシュの背後に回り込み、斧を振り下ろした。
 交戦開始だ。
 カクヤはこの見守っている時間をもどかしく思う。
 「駆け抜けた春」においては聖歌を味方に使用するのはルール違反だ。また、自身に使う際もフラッガーが陣地にいる時ではないと減点される。減点されることも承知の上で使用する覚悟があれば良いのだが、カクヤにはその手を使うと結果が裏目に出る気がしてならなかった。だから、今回は聖歌を使えない。
 ソレシカとフィリッシュはまだ斧と蹴りで戦っている。安全加工がされているとはいえ、生身で斧を受け止められるフィリッシュの胆力は相当なものだ。
 フィリッシュの蹴りが、ソレシカの右腕を狙う。だが、その前にソレシカの斧がフィリッシュの脇腹に直撃して、スタート付近まで吹き飛ばした。
 どこからともなくブーイングの声が上がる。向けられるざわめきに動揺することなく、ソレシカはフィリッシュが起き上がるのを、立ち塞がりながら見下ろしていた。
 フィリッシュはブーイングの方角に開いた手を向ける。いらない。同情などは不要だと動作で言い切り、真正面からソレシカを見据えた。
 ルーレスによるサポートが行われる気配はない。
 まだ、十点の段階で留まっているのでサポートカードを切ることはないのだろうと、カクヤは予想した。ユユシは確実に勝つために、高得点を取ることを狙っている。
 フィリッシュに視線を戻すと、ソレシカとは距離を置いたままだ。だが、瞳に迷いはない。一点の穴を探している。確実に自身を通すことのできる、障害という針から抜けられる穴を見つけようとしていた。
 そして、見つけたのか。
 フィリッシュは足下の障害物に足を添える。そして、バネ仕掛けの人形のように一気に駆け出した。ソレシカと万理によって破壊された舗装路をものともせずに、一条の軌跡となって走り抜けて、いく。
 ソレシカの反応は間に合った。
 だが、フィリッシュの全身から発する気はソレシカの最後の一歩を止めるのには十分だった。振りかぶった斧の先には誰もいない。
 最後には目で頼まれた気がする。
 カクヤはいまだ勢いを衰えさせずに駆けるフィリッシュに、自身もまた全力でぶつかった。フィリッシュの高速移動は止まる。けれど、蹴りが頭を狙って鋭く跳んできた。カクヤはその攻撃を避ける。直撃したら洒落にならない威力だ。
 カクヤは先にフィリッシュに斬りかかるのではなく、受け手を選ぶ。フィリッシュの上段からの蹴りを両腕で受け止めて、カクヤもまた上空に跳んだ。足が弾かれて、フィリッシュの姿勢が崩れる。その瞬間にカクヤが前に出て、フィリッシュに袈裟で斬りかかると、転がって避けられる。
 追撃する。倒れたままのフィリッシュに刀を向けた。その、次の瞬間にフィリッシュは下半身の力のみを使ってカクヤの足の付け根を狙い、蹴りを入れる。避けると同時にフィリッシュは立ち上がった。
 金の髪は薄汚れ、白い制服にも土が付いている。
 ただ、瞳には変わらず燃える怒りがあり、フィリッシュの戦意はますます強まっている。堂々と立つ姿にカクヤは気を引き締めた。
 フィリッシュが駆け出すのに合わせて、カクヤもまた刀で道を塞ぐ。今度は蹴りと刀の打ち合いだ。上下に、調子をずらしながらも的確に急所を狙う蹴りを、カクヤは刀で受け止める。頑強なフィリッシュの靴は刀に押し負けることはなかった。
 旋脚を叩き込み、なおも折れないカクヤにフィリッシュが吐き捨てる。
「うっざい!」
「だろうな。俺も、される立場だったら苛立つよ」
 カクヤが小さく返した瞬間に、フィリッシュの動きが止まった。反して、碧眼は苛烈な色を深めていく。カクヤだけに聞こえる低い声で言った。
「……それじゃ、ないんだってば」
 聞き返す間もなく、フィリッシュは後ろに下がる。同時に跳び、星の流れの蹴りをカクヤに叩きこんだ。防御の構えは取っていたが、腕が鈍く痺れる。
 とはいえ、この場は譲れない。タトエのところに行かせないように、フィリッシュの気を自身に縫い止めることにした。突く形で刀を構える。
 フィリッシュもまた、止まる。足を開いて立って、カクヤを正面からにらみつけていた。
「時間がないぞ!」
 清風の声が跳んでくる。フィリッシュは上空を見やると舌打ちを一度して、フラッグをカクヤに向かって投げつけた。中間の荒れ地に刺さる。
 それから三秒ほどして、鐘が鳴った。
 フィリッシュは重く鳴り響く音を聞きながら、カクヤに背を向ける。そして、無音の楽団の陣地から去っていった。フィリッシュがユユシの陣地に入ると同時に、反対に陣地から出てきた清風がフィリッシュの肩を叩く。慰めているのではない。
 讃えていた。
 よくがんばったと、ねぎらっているのが伝わってくる。
 清風の度量の深さを見つめながら、カクヤは現在の状況を確かめる。万理が三十点、フィリッシュが二十点を手にしたためにユユシは現在、五十点だ。
 今回の試合において二番目の鍵となる点、それは次に出てくる清風がどこまで勝ち点を上げるのを防げるか、にかかっている。
 清風については断言できることがあった。
 どれだけの障害が存在しても、清風は最後まで最高得点である四十点を諦めない。勝利を目指すのみではなく、たとえ結果として十点になろうとも、清風は最善を尽くすことを止めようとはしない。
 同じリーダーであり、また清風と過ごした二ヶ月半が教えてくれた。
 清風は、強い。
「ソレシカ、大丈夫か」
「甘く見るなよ。まだまだ余裕。って言いたいところだが、相手は清風だからな。抜けられるのは覚悟してくれ」
 ソレシカはブレイブではあっても、清風の近接戦闘での手強さを正しく理解していた。以前、清風はセキヤに吹っ飛ばされたことがあったが、それはセキヤの強さが異常なだけだったというのはその後の授業で実感している。
 タトエとサレトナから特に異常はないことを告げられてから、カクヤは前に向き直る。
 三度目のカウントが、始まった。
 すでに太陽は高い位置に上がっている。無残な姿になった舗装路と荒野を白い光で咎めるように照らしていた。
 同じ光によって金の髪を明るく輝かせながら、清風は不敵に笑っている。右手で剣を持ち、左手は空かせたままだ。速度を上げるために盾は手にしなかったのだろう。
 カクヤは即座に動けるように身構えながら、清風の挙動を見守った。
 そして、ユユシによる最後の攻撃の手番が回ってくる。
 清風は駆け出す。器用なことに、左手は小さく鋭利な物体をソレシカに向かって次々に投げていた。
 ソレシカは斧で遠距離からの攻撃を防ぎながら、清風を見失わないように努めている。一瞬、攻撃が止んだ時に清風に向かって大きく斧を振った。
 かがんで避けられる。そのまま、清風は前転をして、ソレシカの左足下を抜けていく。合わせて、再びの投擲も忘れない。ソレシカは振り払うが、いくつか刺さったのか眉を寄せていた。
 逃げ切ろうとする清風をソレシカが追う。舗装路だった道はがたがたと愉快な音を立てていた。
 走りだけでは追いつけないと理解したソレシカは戦法を変える。「落水ノ絶」によってか、触れると皮膚を裂いてくる衝撃波を強弱つけながら、清風に襲いかからせる。前を向く清風は後ろから勢いを増して近づいてくる波に気付いていない。
 だが、ここであっさりと吞まれもするはずはない。
 風が変わったことを察した清風は振り向き、剣を下に向けた。
「グレート、アッパー!」
 楽しげな声と共に舗装路に剣が叩きつけられる。と、次の瞬間には巻き上がった舗装路がソレシカの衝撃波を防ぐ盾となった。
 その間もソレシカは呆然と事態の進展を眺めていたわけではない。清風に追いついて、斧を小さな動きで振り上げ、素早く下ろした。
 しかし、舗装路の瓦礫とその隙間を抜けて研磨された石器が右肩にぶつかり、刺さる。斧を振る動きが遅くなった。
 その間に、清風は荒野に揚々と足を踏み入れる。
 寸分の間もなく斬りかかるカクヤを認めると、清風はいつもの陽気な笑顔をさらに明るく元気な笑いへと変えていった。
 楽しそうだ。心から、楽しそうだ。単純に争いを好むのでもなく。自身を向上させる戦いを好んでいる。
 清風には、鍛冶士になるという目標があるためだ。
 ならば、自分には。
 カクヤは無駄な問いかけをする余裕を切り捨てた。
 刀と剣が衝突し、火花を散らす。いままで片手で剣を振るっていた清風もいまは両手で柄を握っていた。
「カクヤ。この試合の勝者は、俺たちだ」
「随分と決まっているな。その台詞」
「だろ?」
 無邪気に交わす会話と、不穏に交わされる剣劇に会場は静まった。だが、カクヤの刀に炎が灯り、清風の剣から炎を抑える土の加護が付与されたところで、徐々にざわめきは増え、やがて歓声になる。
 火と土の属性は影響を強く与え合う相性ではない。火は水に不利であり、土は風に不利であり、火と土といえば衝突しあう関係だ。さらに、土の属性は風以外のあらゆる属性に対して守りが堅い。物理としても、聖魔としても、守りに回られると攻撃は通じない。
 清風は人と土の精霊族のクォーターだと聞いている。そのために、アーデントではなくブレイブを選んだ。前衛ではなく、補助も行うためだ。
 斬り合う。受けに回るのは相手の攻撃を読めるためであり、相手にも読める攻撃を繰り広げあうということは信頼の証でもある。カクヤもいまは、清風は自身との戦いを選び、楽しんでいるのだと信じられた。
 だが、これは試合だ。勝利のために、いつ相手から享楽の時間を裏切られるのかは、わからない。そうであっても、カクヤはこの時間が一秒でも長く続けば良いと思わずにいられなかった。
 自身に勝利の栄光が相応しくないのは二年前からわかっている。だけれど、勝ちたい。矛盾した感情に苛まれながら、カクヤは「標本火焼」で清風の隙を突いた。
 一瞬、驚いた表情を浮かべた。清風はその後もまた快笑を浮かべて、両手に持っていた剣を片手に持ち直す。そして、カクヤの刀の前に手を突き出した。
「断りの礼儀!」
 清風の左手から土の盾が顕れる。カクヤは動きを止めた。
 その隙に、清風が右手の剣ごとカクヤを拳で殴った。衝撃に押され、地面に膝が付くのを刀を刺してこらえる。
「楽しかったよ。またな!」
 それだけを言い残して、清風はタトエの陣地に向かい、走っていった。カクヤはその背中を追う。届かないとわかっても、追いかけた。
 最初から諦めて傷つかない振りをするなんて、もう嫌なんだ。
 しかし、駆ける背中に追いつくことはできずに、清風はタトエの陣地に足を踏み入れた。
 タトエは清風が陣地の草を踏むと同時に、星法で自身の身体能力の向上をさせる。白い十字の杖の尖端を向けた。
 清風は一度、足を止めて言う。
「タトエ君。君をいぢめるとソレシカがうるさそうなんだけど」
「と、言いながら登りやすそうなところをいまも探してますよね。残念ですけど、僕を倒さないとサレトナのところまで行くのは無理です」
「悪い台詞だなあ」
 意外と呑気な会話をしていた。
 いままで出番のなかったタトエだが、ソレシカとカクヤが前線に立っている間に、崖の上の四十点の陣地まで行く方法を確かめていてくれたようだ。そして、サレトナが昇降に使った箇所に行かなければ崖に上がれないと気付いた。
 だから、その装置の前に陣取っている。
 清風はどうしたものか、という態度のままだ。即座にタトエに向かって攻撃の姿勢を取らないのは意外だった。
「サポートカード!」
「許可!」
「な!」
 忘れていた。
 カクヤはルーレスのサポートが、あと一度、残っていることを先ほどの戦いで頭からすっ飛ばしていた。
 ルーレスはカクヤに哀れむような笑みを向けて、清風には視線だけで自身の考えを伝えている。清風もルーレスの考えを察していたのか、それとも打ち合わせていたのか、箱の発動を待っている。
 タトエも動かない。小さく聞こえる声からは、星法を編んでいるのが伝わってくる。
「サレトナ! 備えてくれ!」
 カクヤは直後に戦線に加わることになる、サレトナに向かって声を上げた。けれども、攻め手が陣地に入らないと攻撃はできない。崖の上を見上げると、サレトナは冷静だった。周囲には氷の蝶をまたたかせている。
 攻撃はできなくとも、攻撃の準備はして良いらしい。カクヤも自身が陣地に入られる前に刀を構えていたことを思い出した。抜けているところが多過ぎる、と呆れもする。
「私の箱の蓋は天に通ず!」
 ルーレスが詠唱を終えた。次に、何が来るかと思うと、清風が箱に包まれる。
「スターライン!」
 箱の蓋が閉じる間際に、タトエの星法による光が縦五列に走り抜けていく。しかし、箱はじわじわと星なる光に焼かれながらも上昇を続けていく。
「あれ、ありなのか」
 ソレシカの感心した呟きが聞こえた。
 箱はサレトナの待つ、崖の直前で派手な開閉音を立てて解体されていく。清風の体は、落下する前に空中で一回転をして、崖に降り立った。左足が地面に付く。
「裁定氷弦」
「うぉとっとっとー!」
 容赦のない氷魔術が、まだ右足を地面につけていない清風に炸裂した。幾重もの氷の弦は清風の四肢に絡まっていく。このまま落下しても、氷の弦は清風が地面に飛散した悲惨な物体となるのを防いでくれるだろう。
 清風は未だ、片足でわたわたとしていたが、氷の弦による冷たさのためか、足を滑らせた。左足が地面から離れる。
「清風!」
 フィリッシュの悲鳴が響く。
 悲壮な色が強く滲んでいて、目の前の現状に絶えきれずに出てしまったという声だった。その残響を背景にしながらも、清風の落下する未来は避けられない。
 しかし、落下の直前に、清風は崖の土が脆い場所にフラッグを突き立てた。
 息を吞む。
 フラッグを握ったままでいれば良いというのに、清風は手を放した。体は地面に吸い込まれていく。必死の高さではないが、怪我くらいはするだろう。
 タトエと視線が合った。
 瞬時に、浮かんだ聖法を編み上げていく。
「彼の者の祈りのために!」「敬遠なる星の輝き!」
 カクヤによって増幅されたタトエの祈りは淡い球状の結界となり、清風を包み込む。さらに、地面にはサレトナが編んだものか溶けかけた氷の弦が積まれていて、球体は氷の弦の上に落ち、弾んだ。ぼよんぼよん、と移動してから結界は割れる。
 清風はタトエの近くに座り込んだままだ。終わりを告げる、鐘は間もなく鳴り響く。
「無事ですか?」
 タトエが手を差し出すと、清風はその手をつかんで立ち上がった。そして、崖の上を見上げる。フラッグはまだ落ちていない。
 おそらく、四十点が揺らぐことはない。
 カクヤは確信していた。最初の予想の通り、清風は最高得点をたたき出したのだ。崖から落ちるという危地に陥ることになっても、最後まで抗うことを諦めなかった。
『ユユシの獲得した点を講評しています。しばらく、お待ちください』
 清風はタトエに手を振って、自身の陣地へと戻っていく。途中で、カクヤの陣地を過ぎる時にも手を振ってくれた。カクヤは振り返すことなく、それでも強く頷いた。ソレシカの陣地では、容赦なくソレシカの肩に刺さった石器を抜いて回収していた。
 清風を見送ったカクヤはソレシカの隣まで走っていく。
「肩、大丈夫か?」
「試合前にサレトナに治してもらうから、問題ない」
 次に無音の楽団が攻め手に回る前に、互いのチャプターが休憩する時間は設けられている。その時間を使うので、気にするなと言われる。
「しっかし、面白いチャプターだな。ユユシって」
「ああ。万理君は正攻法で硬い守りをするだろうし、清風は絶対に強い。ルーレスも、意外な手段を使ってきたしな」
「あんな魔術。いや魔法? かはわからんけど、あるんだな。勉強になる」
 先ほどの万理の足場となった箱や、清風を収納して移動する箱を思い出しているのか、ソレシカは何度も頷いている。
 すでに陣地に揃ったユユシを見ながら、カクヤは呟いた。
「気になるのは、フィリッシュだ」
「なんか、殺意に近い敵意を向けられてたな」
 カクヤが答えようとする。
『お待たせしました。基本得点が九十点、評価点による加点が七十点、合計で百六十点がユユシの獲得した点数となります』
 会場の内外から拍手が起きる。まばらであった音が一つになり、セイジュリオを満たしていった。カクヤも先ほどの言葉を続けるのは止めて、試合相手の健闘に対して素直に両手を叩いて音を鳴らしていく。
 だが、次はこちらが攻める番だ。
 同じことを考えていたのか、同様に拍手をしているソレシカと視線が合った。
 タトエとサレトナも、陣地の前方へと駆け寄ってきてくれた。
 攻勢準備の時間が、始まる。

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