全ての講評試合が終わり、解散の指示が出された。
カクヤ、サレトナ、タトエにソレシカは全員で揃って沈黙の楽器亭まで帰宅している最中だ。各自が試合の高揚を抱え、また冷めさせながら歩いている。
この後は木曜日に、スィヴィアとの講評試合「沢山の、沢山」が待っている。二日という限られた時間を使って、ユユシとの戦いも参考にしながら、戦略を考えて戦術を練らなくてはならない。
だけれど、いまは食事とベッドが恋しいという意見で四人とも一致していた。
沈黙の楽器亭の前まで着く。扉を開けるとからんからりと、鐘が鳴った。カクヤを先頭にして、中に入る。
「ただいま帰りました」
声を上げると、受付をしている獣人のレングがラウンジを示した。視線を向けると、背を向けながら一人の少女がソファに座っている。
青い短い髪の、少女だ。
カクヤの心臓が強く脈打つ。動きを止めていると、どうしたのかというように背中を叩かれた。
一歩、踏み出した。
少女に振り向かれる。
タトエは声を短く漏らした。
「遅かったわね。寄り道なんかしたら、だめよ」
聞き慣れた声だった。同時に、もう二度と聞くことなどないと思っていた声だ。まさか、いまになって耳を打つとは思わなかった。
カクヤは苦笑する。少女は立ち上がり、近づいてくる。
「悪かったな。待たせたか?」
「まあ、それなりにね」
少女の動きに合わせて揺れる髪は、切り取った海の中に白い糸を漬けて、十分に染め上がった頃の色だ。瞳は黒い色。揺るがない、黒曜石の断面に似ている鋭さを秘めている。微笑んでいる口元は薄紅色だった。肌はうっすらと色づいていて、合わせた灰色のフリルが付いているワンピースは重い色合いが故に上品な印象を全員に抱かせた。
「カクヤ。こちらの方は、お友達?」
サレトナの質問に少女は笑みを深めた。面白がっているのにも、不快を隠しているようにも見える。
カクヤはいまだ早い動悸を抑えようと試みながら、あえてゆっくりと振り向く。
過ごすことにも慣れてきた沈黙の楽器亭が、いまは知らない舞台のようだ。急に立たされて、だけれどみっともない振る舞いはできなくて、道化を気取るしかない。
カクヤが声を発する前に、少女はソファから離れて、カクヤの後ろに立った。
「挨拶なら自分でするからいいわ」
そして、ソレシカ、タトエ、誰よりもサレトナを強く見つめながら話す。
「サフェリア・ギーデンノーグ」
「サレトナに似てる名前だな」
ソレシカの呟きをタトエは背中をどついて黙らせる。
サフェリアは二人の掛け合いにくすりと笑い、カクヤに親密な笑みを見せたあと、言う。
「カクヤの幼馴染みなの。皆さんよろしくね」
「まあそうなんだが。ところで、サフェリア」
「なあに?」
言いたくはない。知りたくもない。だけれど、言わなくてはならないことがある。
ぎこちない笑みを浮かべながら、カクヤは苦い言葉を柔らかく口にした。
「君は、いなくなったんじゃなかったのか?」
「ええ。あなたのせいで、死んだわよ?」
誤魔化していた事実を明言された。
衝撃が満ちて、割れて、緊張が張り詰めていくのを肌で感じる。後ろに立つ、二年前と全く変わっていないサフェリアの姿を見つめた。
それから、振り向く。
タトエの橙色の瞳に宿った困惑、ソレシカの赤い瞳の平坦さに耐えながら、サレトナを見つめる。
杏色の瞳は光を失ってなどいなかった。
>第六章第一話