第五章 旋律は音を移して戦歌となる 一括掲載版

 雨月の十日は雲がわずかに姿を見せる程度の快晴だった。
 この日から、セイジュリオでの講評試合が始まる。全学年の学生が会場となる校庭に列を作って集まり、開会の挨拶が催されていた。
 いままで入学式や巡回などでしか目にする機会のなかった、セイジュリオの学長である申告・エンコウが開会の言葉を述べる。
「本日は雲が薄く漂っていますが、晴天となりました。絶好とは言えなくとも、良い日和となり、喜ぶべきことです。これからの一週間のために、努力を積み重ねてきた皆さん。準備に尽力してくださった、皆さん。ありがとうございます。その成果を余すことなく発揮してください。それでは、講評試合の開始を宣言いたします」
 会場の下手側に位置する管弦楽団が高らかに楽器を鳴らし、弾き、開会の合図を広くセイジュリオに知らしめていく。
 そして、校庭に用意されていた三つの会場を覆っていた幕がはらはらと空中に溶けていき、会場の様子が明らかになる。学生たちが並んでいる周囲をコの字で覆うように各試合を行う会場は設置されていた。
 中心にある青い壁の上に一人の学生が立っている。逆光で顔は見えなくとも、陽光によって紫を薄く光らせる銀の髪はその人物が誰であるのかを雄弁に告げていた。
 セキヤ・トライセルだ。
 再び、管楽器が鳴らされる。低く低く、階段を上るように音階を踏みながら、演奏は盛り上がりをみせていく。弦楽器も演奏に混ざるのに合わせて、セキヤも動き出す。
 刀を天にかざし、横薙ぎに振り払い、また目前に掲げる。演奏に合わせた舞は堂々と力強く、鋭い。
 神に揺るがぬ勝利を捧げている。
「相変わらず、することが派手だな」
 ソレシカの感想にカクヤは苦笑する。身も蓋もないが、事実だ。だが、同時に観客と場所に怖じ気づくことなく舞を踊りきるセキヤも敬意を払うに値する。
 大波の演奏が続いていたが、徐々に終わりに近づいていく。調子が早くなり、何度も拍を刻んでいきながら、最後の一音は一分の乱れもなく揃い、空に響いた。
 セキヤも動きを止めた。両足を並べて、礼をする。
 誘導されることなく、演奏と演者に対する拍手が鳴り響いた。
「それでは、第一試合の準備を始めます。チャプター『群青の筏』と『シュレンゼル』、そして」
 拍手の間を縫いながら、誘導のアナウンスが流れていく。開会式はこれで解散だ。
 カクヤたち「無音の楽団」の試合は第二試合からになる。これ以降、「ユユシ」と「無音の楽団」は接触禁止となり、互いに試合の準備を行っていく。
 カクヤと清風は黙って視線を合わせると、左腕と右腕を掲げる。作った拳を打ち合わせてから、各自の控え室へと向かっていった。
 ユユシの控え室は西棟の一階にある付与室だった。
 用意された椅子に座り、愛用の靴の調子をフィリッシュは確かめている。何度も靴紐を結び直しながら一番安定する硬さを探していた。
 落ち着かないのだろう。そのことは指摘されるまでもなくフィリッシュが一番理解している。
 だって、サレトナと戦うなんてこと、初めてだから。互いに戦意を宿して向かい合う事態に陥るのは予想外がすぎる。
 フィリッシュとサレトナは同じロストウェルスの地に生まれた。とはいっても、育った環境は大きく異なる。かつては名門であり、いまではごく平凡なロストウェルスの護衛の一族の末娘がフィリッシュだ。反して、サレトナは未だ神職と尊ばれる血筋とロストウェルス領家の子女である。だが、シルスリクにかつて存在していた身分制度などはすでに古びた遺物になって久しいため、フィリッシュとサレトナの友情に上下関係などない。
 自分たちは親しい友人だ。いまだって、胸を張ってそう言える。
 だけれど、これから始まる試合には敵同士として真剣に挑まなくてはならない。わざと講評試合で負ける気はないのだが、もしサレトナに怪我の一つでも負わせたら、家族やロストウェルスの面々からは大いに呆れられるだろう。
 溜息にならないように、口を閉じて息を吹き出していると、影が落ちる。顔を上げると清風が目の前に立っていた。
 いつものように緑のバンダナを巻いて、金色の髪を照明により輝かせている。清風の内面から発される光はいつだって眩しい。黄緑色の瞳から透けて零れ落ちている。
「どうした。腹でも痛くなったか?」
「違うわよ」
 強い語調で否定した。そのまま腕を組んでそっぽを向くと、清風は椅子を持ってきて正面に座ってくる。
 言葉は発しない。フィリッシュが自分から話し出す時を待っている。
 清風の優しさがチャプターのリーダーによるものなのか、同級生によるものなのか、それとも清風自身の優しさに由来するものかがわからない。義理でされるのならば何も語りたくなかった。
 清風の優しさによって触れてもらいたかった。
 しかし、消えない静寂に根負けしたフィリッシュはぶっきらぼうに言う。
「これから、サレトナと戦うと思って。少し緊張してるだけ」
「なら、フィリッシュはロスウェルちゃんまで狙わなくてもいいぜ。点は俺たちが稼ぐから」
「だめ! そんな中途半端は許されない」
 一度勝負に出たのならば、勝つか負けるかしかない。そのことは十二分にわかっている。フィリッシュも趣味や娯楽として蹴技を習得してきたわけではないのだ。
 戦うのならば、誰であっても勝ちたい。それは本音だ。
 しかし、同時にサレトナを傷つけたくない、傷つけてはいけないという自動思考が勝利への欲求を縛り付けてくる。
 清風は黙ってフィリッシュを見ていた。口をゆっくりと開く。
「中途半端じゃない。これだって、戦略だ。もし争いが起きたのなら、できるだけこっちに有利に終わらせることは必要だろ。かといって、相手を全滅させる必要もない。相手を根絶やしにしてしまったら、必ずどこかで同じ争いが生まれる。だから、フィリッシュがロスウェルちゃんを倒すんじゃなくて、降伏させたいのなら、それでいいんだ」
 「まあそっちの方が難しいけどな」と言うだけで、清風は「サレトナを倒せ」とは決して言わなかった。普段のチャプターでは勝利を目指して猛進しているというのに、相手を気遣うことができる。
 フィリッシュは靴のつま先を床で叩いた。すでに、試合に望む体の準備は終わっている。あとは、心だけだ。
 万理とルーレスに視線を移すと、それぞれゆったりと落ち着いた様子で椅子に座っていた。視線に気付くと頷かれる。
 細く、息を吸う。
「清風。私とサレトナについて、聞いてもらっていい?」
「ああ。なるべくダイジェストで頼むな」
 要件をまとめることは苦手なんだけどな、と内心げんなりした。

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