鳴り響け青き春の旋律よ 第十八話

 セキヤが加わってから、二曲ほど歌を唄った。
 そこで一度休憩することになり、いまはセキヤが飲み物を買いにスタジオを出ている。
 カクヤとサレトナは、スタジオにある椅子をもう一つ並べて座りながら、解放感を味わっていた。
「楽しかった!」
「ああ。楽しかったな」
 うっすらと疲労を滲ませながらも機嫌の良いサレトナに、カクヤは同意した。
 その後に演奏した三曲を思い出す。サレトナのキーボードも安定した腕前で、カクヤの歌も大抵の相手には引けを取らない自負がある。その二つが絡み合った演奏でも、観衆がいたのならば一定の注目は集められただろう。
 だが、今回はまだ不安定な演奏を支えてくれた存在がいる。
「セキヤ先輩のベース、上手すぎるだろ。あの人何でもできるのか?」
 容姿端麗で刀の扱いも卓越していて、さらに楽器の演奏まで巧みにこなす。弱点などないとしか思えない。神は彼だけは、『天使』に近く作りたもうたのだろう。
 トラストテイルの神としては創造神がまず在り、その下に統率神がいる。さらにその下に、聖魔法や魔術を扱うための摂理神がいて、と上下関係が厳しい。そして、人を作ったのは創造神であるが、人よりもより優れた存在として天使を作ったのは聖神とされる。聖神とは聖法を統括する摂理神だ。
 カクヤはセキヤに感服し始めていた。傲りはしても他者を虐げることはせず、導く態度を見せる先輩に最初はなかった尊敬の念が芽吹き始める。
 サレトナは言う。
「でもね、セキヤ先輩。裁縫は下手よ」
 前にアクトコンの一人の制服の釦が外れた際に任されたが、見事に失敗したらしい。その際にサレトナが手伝ったので、仲が縮まったのだそうだ。
「人間はやっぱり、万能じゃないな」
「当たり前よ」
 サレトナはいまだカクヤの顔を見つめている。近い距離で、見つめ合うことなどなかったので妙にそわそわせずにはいられなかった。
 自身を移す杏色の瞳の濁りのなさからは、サレトナの純真さが見て取れる。
「ねえ。どうして、カクヤはスィヴィアとの試合の時、勝とうとしなかったの?」
「皆言うなあ」
「来月の講評試合は、私は勝ちたい。タトエとソレシカのためにも。だから、そのためには私たちもがんばらないと」
 硬い決意を示すサレトナの言葉に、カクヤの身の内にある、揺らぐ針も振動の幅が狭くなっていく。
 もう、生温いことは言っていられない。少なくとも、無音の楽団のリーダーとして勝てるように努力する必要がある。これからの戦いは自分一人の敗北ではなく、他者が絡むのだから、なおさらだ。
 他人を傷つけたくない。そういった自分の弱さを否定しないまま、勝利する道を獲得しなくてはならない。
 誰のためにかを問われたのならば、タトエのために、ソレシカのために。
 そして、サレトナのために。
「約束するよ。次の講評試合は、勝つ」
「うん。だったら、勝てたら私はカクヤにご褒美をあげるわ」
「っごほ」
 思わぬ発言に驚いているが、サレトナはいたって平常のままだ。
「そちらの方が、がんばり甲斐があるでしょう?」
「あ、ああ。がんばるか!」
 サレトナと作った拳を突きあわせながら、カクヤは言い切った。
 扉が開く。その音に、びくりとしてカクヤはサレトナから少しだけ離れた。
 セキヤが戻ってきたようだ。サレトナに紅茶の缶を、カクヤに水を渡してくる。セキヤは珈琲を選んでいた。
 三人で乾杯をして、空気が弛緩する。
「そういえば、デートの邪魔をしたことになるのはすまなかった」
「デートではないから、先輩がいていいんです!」
 聞き慣れてしまったサレトナのつんとした主張に、カクヤは笑うしかできない。セキヤも苦笑して、カクヤに「残念だったな」という視線を向けている。
 カクヤとしては、サレトナがどう言おうと今日はデートに近いものだと思っている。それに、セキヤのことを知ることができたのも良かった。
 いまだ膨れているサレトナをなだめながら、カクヤは空板を起動した。三人が揃っているので、新たな宿り木を作成することができる。
 次の機会にまたセッションをするために、カクヤ、サレトナ、セキヤは繋がった。
 

>第五章第一話



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