鳴り響け青き春の旋律よ 第十話

 カクヤの意識が広場に戻る。ベンチに座りながら、憂鬱な気分を持て余していた。
 セイジュリオに入学して、制服作成の時にミュイに散々言われ、今回はクロルに囂々と非難をされた。
 他の人からも、カクヤの中途半端さは度々指摘される。どうしてそればかり、と思わないのは自覚している部分が無きにしも非ずだからだ。
 聖歌を唄うだけで、他者を高められるのならば良い。だが、カクヤは刀も手にした。相手を傷つける意思の象徴をすでに選んでいるのだから、今更「傷つけたくない」など言葉にできない。
 だけれど、叶うのならば相手を傷つけるためではなく、誰かを守るために刀を振りたい。その時点で矛盾していることはわかっていた。守るために追い払うということだけで、襲いかかってきた第三者に害を与えていることになる。
 傷を負わせた際の善悪の所在が自身の中ではっきりとしないことも、中途半端に行動する理由となっているのだろう。
 カクヤはベンチに背を預けた。
「やあ! 負け癖!」
「どうも」
 カクヤは鞄をつかんでベンチから立ち上がろうとするが、現れたセキヤに止められた。わざと前に陣取られる。腕を組まれて仁王立ちまでされた。
「焦らず急がず待ちたまえ。今日の戦いも観ていたが、クロルは中々的確に指摘していたぞ」
「先輩も言っていましたね。俺の、負け癖」
「惚れ惚れしないが見事だった!」
 セキヤは手を差し出す。立ち上がれ、という意味だろう。応援しているのか、それともからかっているのか判断をしづらい行動をされる。
 カクヤはセキヤの手をつかんで、ベンチから立ち上がった。並んで歩き出す。とはいっても、カクヤは沈黙の楽器亭がある宿街に向かうのだが、セキヤはどこまでついてくるのだろう。まだどのあたりを生活の拠点にしているのかも聞いていない。
 とはいえど、セキヤの住んでいる場所を尋ねられるほどカクヤは心の距離を詰めていないので、自然と沈黙することになった。ロウエン広場を二人で歩く。
 今日も子どもたちは駆け回っている。道化師は広場の一角でカードを広げながら、球遊びもして周囲の関心を集めるという器用なことをしていた。まばらにいる観客が拍手をする。カードと球が両方、空に向かって投げられたあとに、球にはカードが突き刺さっていた。
 その様子をぼんやりと眺めた。
 カクヤ自身も理解している。一番は、自分を「勝てる」存在だと思えないことが問題だ。単純に勝利する気がないのではない。自身に、勝利という栄光に値する価値があるのだということが信じられない。負ける、負けたくないという以前に自身が勝利するといった絵がさっぱり浮かばないのだ。
 それなのに、どうして他に転入学希望者のいたセイジュリオを受験したのかといえば、それはまた勝負事とは別問題に捉えていたためだ。純粋に、ルリセイを離れたかったことも大きい。
 かつては英雄譚に胸を躍らせ、憧れていたこともある。
 だけれど、いまは人を傷つけられない。生きると言うことは傷つけられることでもあり、また傷つけることであると知っていても、積極的にその道へ進むことを選べなかった。
 カクヤがわずかに視線を下げる。
 気付いたのか、セキヤはふっと笑った。
「僕は美しくて心優しい人物だが、親切な人間ではないのでね! 君の悩みの相談に乗ってあげる気はないんだ」
「そちらの方が楽なので良いです」
 真剣に思い悩んで相談しても、セキヤからまともな答えが返ってくるとは思えなかった。仮面を付けて、下級生の授業に乱入してくるような相手だ。面倒見の良さの方向性が間違っている。
「正直でよろしい。まあ、極端なところ、悩みとは余裕の証さ。いずれ火が付いたら即座に決めなくてはならない時が来る。そのときまで、存分に悩むといい。ところで」
 顔を寄せられて、思わず見入ってしまった。セキヤの言動は破天荒であるのだが、自身を「美しい」と何度も自称するだけあって、顔の造作は精密に整えられている。
「今度、君を連れていきたいところがある。雨月の講試以降に空いている日があれば教えてもらいたい」
「いま、好かれてるなー。俺」
 サレトナからも明日は一緒に出かけたいと誘われている。唐突な人好きされる時期の訪れに、乾いた笑いが出た。
 セキヤに発言の意図をせっつかれたので、明日の件を話す。
 すると、セキヤは穏やかな微笑を初めて浮かべた。普段の矜持の高さを示す笑みとは違う。口元と目尻をふわりと緩ませた、声を奪わさせる微笑みだ。
「人生において、華やかなる時は少ない。大切に思う人と過ごせる時間には、最大限の敬意を払うべきだ」
 広場から宿街に向かう、黄昏通りに足を踏み入れる。
 一瞬だけ留まった後にカクヤは駆けだした。セキヤも続く。
 カクヤの視線の先には、クレズニとレクィエと対峙しているサレトナがいた。悪い予感と空気を感じ取り、体は勝手に動いていた。

>第四章第十一話



    • URLをコピーしました!

    この記事を書いた人

    不完全書庫というサイトを運営しています。
    オリジナル小説・イラスト・レビューなどなど積み立て中。

    目次