戦歌を高らかに転調は平穏に 第八話

 講評試合の第三会場に移る。今日は快晴とはいかず、薄曇りといったところだ。風が少し肌寒い。
 第三会場は本棚の断面に似せた外観をしていた。障害物として大きな本が並べられていたり、寝かされるなどされている。天井はないが奥行きはあり、外れると場外判定を受ける線も引かれていた。場外判定となると、一分間試合に参加できなくなるペナルティを受けることになる。
 それらを思い出しながら、カクヤたちは開始の線に並んでいく。目の前にはスィヴィアの面々が揃っていた。
 アユナ、マルディ、ロリカ、クロル。
 ソレシカ、タトエ、サレトナ、カクヤ。
 ユユシは相対してもどこか気の抜けた余裕があったが、スィヴィアは一様に真剣な雰囲気で向き合ってきた。スィヴィアを率いるリーダーのクロルが厳しい緊張を漂わせているためかもしれない。ロリカなど、普段の気さくな様子とは全く違う印象を受ける。しかし、内心では「うふ」と余裕なままでいるのかもしれなかった。
 下手にスィヴィアが揃い、上手に無音の楽団が並び終えると、試合の注意事項の説明が始まる。
「この会場は試合の終了時に、試合前と同様の造りに再構築されるよう設定されています。ですが、故意による会場の破壊はこの試合において減点対象になります。ご留意ください。競技時間は十五分、休憩五分、十五分といった構成になります。相手の仮想体力を削り、より多くの得点を得た側が勝利となります。また、試合の採点は随時、担当する教員と三学年の一部の学生によって行われています。倫理を常に持ち、正しく、前を向いて競い合うように」
 司会を務める教員の手と旗が揚げられた。
「いまから、第一試合。スィヴィアと無音の楽団の試合を開始いたします!」
 風にまとわりつかれながらも旗が下ろされ、講評試合が始まった。今回は先攻、後攻の区別がない。あらかじめ決めていた場所に散開していく。
 最初に先手を取ったのは、タトエだった。
「抑制のスターレイン!」
 サレトナが最奥まで行くのを補助するように、スィヴィアに向かって聖法を放つ。星のきらめきはクロル達の目前でちかちかと瞬き、目くらましとなった。その間にサレトナは、重ねられた本の上に陣取り、詠唱を始める。
 スィヴィアとてやられたままではいられない。唯一の前衛であるマルディが、タトエに向かって駆けだしていく。
「風、加速せよ舞姫!」
 さらにロリカの風魔法による援護が加わった。タトエに鋭い拳の一撃が跳んでいく。
 間に入り、斧で受け止めたのはソレシカだった。刃が当たっていないとはいえ、マルディの拳は全く負傷していない。余裕の表情で、今度はソレシカを相手取ることに決めたようだ。フィリッシュと同じく、体術を得意としているのか、拳だけではなくて蹴りも攻勢の間に挟んでいる。
 カクヤはソレシカにマルディを頼むことを決めて、クロルとアユナという魔法術の二枚看板の障害になることを選んだ。一気に駆け、突撃する。
 クロルの詠唱は止められたが、アユナの詠唱はすでに終わっていた。
「雪道百五十七選」
 タトエが星のきらめきで惑わしたように、今度は雪がカクヤを覆い尽くす。幻想ではあるのだろうが、はらはらと雪片が舞い散って視界がおぼつかない。ぼんやりと見える、クロルに斬りかかるが、あっさりと避けられた。
「鎖撃!」
 反対に、地上から鎖が幾本も跳んでくる。ぶつかってくる。避けようとすると、別の一本がまた衝撃を与える。
 タトエが駆けつけて、十字の杖で襲いかかる鎖を砕いていく。ようやく、カクヤの視界も元に戻り始めた。
 目前では、反対方向に距離を取りながら、アユナとクロルが同時詠唱を始めている。ロリカもタトエを追ってきている。
 開始早々に、不味い状況だ。
 カクヤはクロルを追いかけ、タトエはアユナを追う。離れていた二人が、合流して詠唱の終わりを告げる。魔法と魔術が解き放たれる奔流に身構えるカクヤとタトエだが、不意に、止んだ。
「月の権威、月砕砲」
 一滴の言葉が落ちていく。
 真昼だというのに、空の中心に浮かぶ青い月が光を放つ。その光は会場を一周して、また静寂が戻ってくる。直後、白い光が立ち上がり、咆吼が響いた。
 数値は確認できないが、スィヴィアの面々の仮想体力を確実に、大幅に削り取っていた。周囲と無音の楽団にはわずかの被害もない。
「命唱! それとアユナはロストウェルスを狙え!」
 ようやくサレトナの危険性に気付いたのか、クロルはサレトナに対して半分の戦力を割いた。その指示を指をくわえて見ているはずもなく、カクヤはロリカの、タトエはアユナの道の前に立ち塞がる。
 ロリカは手にしている杖を構える。制服の色からブレイブだということはわかるので、物理攻撃も扱えるのだろう。
 カクヤとロリカが衝突する。杖でありながらも、器用にカクヤの斬撃をいなしていた。
「冬館の花路地」
 サレトナからの援護が跳んできた。敵の足下に霜が降り、立ち位置が不安定になる。
 いまが好機だと、カクヤは一撃を放った。刀はロリカの上半身を滑っていく。ある程度の傷を与えた後に距離が生まれてから、ロリカの口が動く。
「自由になりたいだけなのに」
 ただの愚痴かと思えば、状態回復の魔法だった。不安定な足下は普通の床に戻っていく。
 ロリカの魔法は広範囲らしく、他のスィヴィアの面々も行動の制限がなくなっていた。マルディはソレシカの相手を止めて、アユナを相手としているタトエに向かって駆けていく。
 タトエは辛うじて、マルディの攻撃を避けた。再び拳の猛攻を受け止め、じりじりと仮想体力は削られていく。
 ソレシカもまた近づいてくるのに気付いたタトエは、避けるのを止めて詠唱に集中する。
「敬遠なる星の輝き!」
 個々人の能力を向上させる補助聖法は後方にいるソレシカに向けられたものかと思った。
 しかし、マルディがいきなり転倒する。その光景を見てから、タトエの狙いを理解した。
 ソレシカが直後にマルディを一振りで吹っ飛ばす。すると、無音の楽団を表す会場外の空板に赤の明かりが一つ点灯した。
 これで、加点はされた。だが点数の詳細は、試合終了まで開示されないようだ。

第六章第九話



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