戦歌を高らかに転調は平穏に 第五話

 一人でいたかった。
 ロリカは一緒に行こうと言ってくれたが、いまは一人でいたかった。
 ヤサギドリによる試合内容の講評を聞きながら、フィリッシュは観客席でぼけっとしていた。周囲の人たちが注目するのは試合に関することで、一学生であるフィリッシュなど気にも留めない。
 楽であり、寂しかった。
 ふと、肩を叩かれる。気怠げに振り向き、視線の先にいた人物が誰であるかということに気付くと、一気に逃げ出したくなった。
 清風だ。
 いつもの笑みで見下ろしてくる。
 フィリッシュは身構えたまま固まって、何も言えずにいると、清風は空いている席に腰を下ろした。椅子がぎしりと鳴る。
「ロスウェルちゃんとカクヤはあっちにいたから。一緒に昼飯食おうぜ」
「……わかったわよ」
 観念するしかなかった。
 昨日の試合以降、フィリッシュがカクヤとサレトナをうっすら避けていたことはおそらく清風も気付いている。それでも、誘ってきたのだ。逃げるのは止めろと言いたいのだろう。
 フィリッシュと清風は観客席から立ち上がり、校舎に向かって並んで歩く。
 清風は何も言わない。
 周囲の会話が耳をかすめては通り抜けていった。軽やかな足音に、高揚した声。講評試合という行事を楽しんでいることが伝わってくる。いまはその波に惨めさを覚えることもなく、素直に「いいな」と思えた。
 しかし、フィリッシュはいま、悩んでいることがある。昨日の話を聞いてくれたことに対する礼を、いつ清風に切り出すかのタイミングだ。
 ユユシは昨日の講評試合で勝利をし、フィリッシュもカクヤの言葉によって、少しばかりすっきりした。吹っ切れた。清風が話を聞いて、勝たせてくれたおかげだ。
 いつまでも先延ばしにしたくなかったので、フィリッシュは校舎に入る前に軽い調子で言った。
「ありがとね」
 何に対しての説明もない、唐突で素っ気ない言葉だが、ようやく言えた。
「礼をいわれるようなことは何もしていないぜ」
「わかってるくせに」
 フィリッシュは一呼吸挟む。
「私、アラタメに苛々していたみたい」
「あいつが災難だな」
「だからって、サレトナに辛く当たってもだめよね。これからはアラタメに厳しくいくことにするわ」
 フィリッシュが拳を握って宣言すると、清風は苦笑していた。
 目尻を情けなくゆがめて、へらりと笑う。
 その笑みの優しさをフィリッシュは結構、気に入っていた。心が淡くときめくことは絶対に秘密だ。
 フィリッシュは前を向きながら小さな声で言う。
「いつか、アラタメは私の代わりになる人かもしれないし」
 サレトナを守り、一緒にいてくれる人。裏切らないで傍に寄り添ってくれる人。
 悔しいけれど、自分はいつまでもサレトナと一緒にはいられないとわかってしまった。
 清風は何も言わない。フィリッシュを見守っている。

第六章第六話



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