カクヤとサレトナが二学年一クラスの教室で、屋台で買った物を広げていた。
清風とフィリッシュも居合わせているが、二人は急いで自分たちの分の食事を調達しにいき、戻ってきたところだ。カクヤとサレトナにたかる気はなかったらしい。
頑丈な紙の箱に包まれた戦利品を、机を六つ並べた上に乗せていく。
カクヤが選んだのはフェイシュフというホットドッグの仲間で、フィリッシュと同じ物だった。予想通り「どうしてアラタメとお揃いなのよ」とぶちぶち言われる。カクヤにしてみれば、かりっとしたオニオンスライスが魅力的だったのだから仕方がない。
サレトナはテマキにしていて、具は野菜とカニモドキ、卵などだ。あとはオニオンサラダもメニューに加えている。
清風はモンテクリストをもはもはと食べている。甘いだけでは飽きるので、ナゲットとたこせんも調達していた。たこせんはカクヤも分けてもらった。
あとは全員で共有するためにポテトと切ってもらった腸詰めがある。最初は量が多いかとも思ったが、全員が育ち盛りなのか、じっくりと見ている間もなく戦利品は減っていった。
厚みのある肉を何度も咀嚼していると、カクヤとサレトナの空板が鳴った。見上げて起動する。
「タトエとソレシカもこっちに来るみたいだ」
「万理とルーレスは食堂で済ませたってよ」
半分ほどフェイシェフを食べたところで、袋を提げたタトエとソレシカが教室に入ってくる。
「お邪魔して、大丈夫ですか?」
「邪魔じゃないから入っておいで」
ソレシカに背中を押されて、タトエは先輩に囲まれる教室へ堂々と入っていった。右側の席に座る。その右隣にソレシカは腰を下ろした。
タトエが箱を取り出し、箱に描かれた店名を見て清風は笑う。
「それ、モンテクリストだろ。俺と同じ」
「美味しいですよね。お店も前に行ったことがあるんです」
「ソレシカはよく食べるわね」
袋から取り出された、ストリート・ドッグが二つ机の上に置かれたのを見て、サレトナが感心した様子で言った。
ソレシカは特に気にした様子もなく、口を大きく開いて食べていく。香辛料の痺れを味わっているようだ。
「まだ成長してるし。あと四センチは伸ばす」
「いいなー」
食べ終えて、散らかった紙ナプキンなどを袋にまとめたりしながら、話をする。
今日はこれからどうするか、講評試合を見るのもよいが、図書室が空いていたので図書室製作を進めるのもありだ。他には何ができるだろうか。
途中で、タトエが顔を上げた。廊下には一人の女学生が探し物をしているように周囲を見ている。栗色のボブカットと、深く鋭い青い瞳が印象的で背は高く、しなやかだ。
「ノーゼンさん」
「タトエ」
カクヤは思い出す。彼女はスィヴィアに属する一年生で、マルディ・ノーゼンだ。
マルディは扉から顔を覗かせながら言う。
「食べる場所が見つからなくて。入ってもいい?」
「もちろんだよ」
快諾したタトエに小さく微笑みながら、マルディは初めて入るだろう二学年一クラスの教室に足を踏み入れた。
足音は静かに一定で、背筋は伸びており、剛健でありながらしなやかさを感じさせる。
マルディはタトエの左隣に座ると頭を軽く下げた。
「改めて。私はマルディ・ノーゼン。スィヴィアのアーデントです」
その後は、清風から順に二学年が自己紹介をする。マルディは微笑して頷いていた。
一通りの自己紹介が終わった後は食事が穏やかに進む。マルディが主食として選んでいたのはニギリだった。二つ並んでいる。
「ノーゼンさんのニギリの中身は何なの?」
「昆布と、魚卵だったかしら」
「美味しそうだね」
穏やかに言葉を交わすタトエとマルディだったが、タトエが食事を終えて、デザートの甘辛団子を取り出すとマルディが話題を変えた。
「ねえ、タトエ」
「なに?」
「そのお団子、一口もらっていい? 売り切れてたの」
タトエは笑顔で承諾し、半分に切り分けた団子をマルディに差し出そうとした。その前に、タトエの手をとって、マルディが串の刺さった団子をはくりと食べる。
一瞬だ。もしくは気のせいかもしれない。
口に運ぶ直前に、マルディはソレシカに視線を送った。
ソレシカは視線を向けないままにストリート・ドッグを食べている。不意の沈黙に気付くと、顔を上げて周囲を見渡した。
マルディはつかんでいたタトエの手を放す。
「ごちそうさま。タレがしっかりしているわね」
「うん。そうだよね」
普段の冷静さのままタトエは同意した。
カクヤは何か指摘すべきかとも思ったが、当のタトエが動揺していないのならば言うべきことはないのだろう。妙な雰囲気だけが残った。
「それにしても、明日はカクヤとクロルたちの講試かー。勝てんの?」
「勝つ」
「勝たせていただきます」
清風の問いかけにカクヤとマルディの答えが重なった。顔を見合わせる。
マルディは堂々とした美人で、いまもカクヤに対して気の強い微笑を浮かべていた。少々目元が垂れているあたりが、独特な印象を与える。
「そうとは限らないぞー」
割入ってきたのは、ソレシカだった。ストリート・ドッグを食べ終えた紙袋をくしゃしゃにしながら、袋に入れている。
マルディはさらに微笑を楽しげなものに変えた。
「随分と自信があるのね?」
「ていうか、自負?」
講評試合の第一試合で当たった、清風が率いるユユシには敗北した。だけれど、その後に第二試合の戦術と方針はカクヤ達もしっかりと決めた。
だから、負けない。
そう簡単に負けるわけにはいかない。
ソレシカだけではなく、カクヤ、サレトナ、そしてタトエの視線も集めていることに気付いたマルディは立ち上がった。無音の楽団の全員を見渡して、言う。
「なら、お互いにがんばりましょう。今日はごちそうさま」
そして、マルディは立ち去っていった。
残された食事を、もつもつと食べながら、カクヤはスィヴィアの面々はプライドのある人達が多いと感じていた。
クロルは負けず嫌い、というよりも勝って当然という姿勢であり、先ほどのマルディも勝利への意欲は並々ならぬものがありそうだ。ロリカは勝敗には頓着しないだろうが、かといって進んで負けることも、気弱になることもない。同級生として、一本の芯が通ったロリカの強さはよく目にしている。
最後に、アユナだ。あまり接したことがない上に下級生であるため、どういった人物なのかはまだ不明だが、大人しく負けを選ぶような性格ではない気がした。
全員が、手強い相手だ。
「フィリッシュ? どうしたの」
サレトナが声をかける。
そういえば、いまのいままで喋らないでいた。
声をかけられたフィリッシュは緩やかに首を横に振って、じっとタトエを見つめた。
「タトエくんも大変なんだなって」
食事を終えた後の汚れた紙などを片付けているタトエだが、フィリッシュの言葉に不思議そうな顔をした。
ソレシカはざっかざかと手早く、きちんと分別をしていた。
二人の間に言葉が交わされることは、いまはなかった。
>第六章第七話




