旋律は音を移して戦歌となる 第十六話

 ルーレスはカクヤが踏み入ると同時に、箱の法術を展開させていた。いままで補助として使われていた箱は明確な敵意を持ってカクヤに襲いかかる。
 足を止めて、カクヤは待った。
「サポートカード」
「許可」
 一瞬だけ、間が空いた。
 カクヤの背後に七つ、氷の円陣が浮かんでいく。逆光に照らされるまま微動だにしないカクヤをルーレスはいぶかしんだようだが、箱の勢いを止めずに動かしていく。
「氷陣砕華!」
 サレトナの言葉に反応し、円陣から五重の弁を持つ花が咲いていく。七輪の氷の花々は高らかに唄うと、一瞬にしてルーレスの箱を凍らせて、砕いていく。ぱり、りんりん、りんと涼やかな音が奏でられた。
 圧倒的な魔力による破壊にルーレスは肩をすくめる。これ以上、無音の楽団の歩みを阻害する気は無いようだった。
「いきなよ。僕は、近接戦闘はてんで駄目なんだ」
「ああ」
 時間はあと、二分しかない。
 カクヤは装置に乗ると、崖まで上がっていった。
 待っているのは、ユユシのリーダーであり、カクヤたちの友であり、不屈の根性を持つ少年。
 清風だ。
「よ!」
「待たせたな!」
 言葉を交わしたのは、それだけだ。
 カクヤも清風も真正面から、刀と剣を噛み合わせた。時間は残り少ない。だけれど、カクヤはすぐにフラッグを立てて勝つのではなくて、清風を乗り越えてからフラッグを掲げたかった。
 勝利を望む気持ちを捨てたくない。
 サレトナは俺の勝利を許してくれたから。
 かん、きん、かんと剣戟の音が響いていく。もとから実況のない試合だが、誰もがあと一分後の結果を待っているようだった。
 五十。カクヤの刀が緋閃を描く。
 四十。清風の剣が受け止め、弾く。
 三十。カクヤは最後の攻勢に出た。
 二十。清風は一撃を確かに受け止めた。
 十。カクヤはフラッグをつかむ。
 五。清風はカクヤの肩に斬りかかった。
 三。フラッグは落下する。
 崖から大人しく身を投げたフラッグは、草原に突き刺さった。
『試合は終了しました。いまから、無音の楽団の点数を講評いたします』
 アナウンスの内容を聞いて、カクヤはようやく力を抜くことができた。それは清風も同じなのか、カクヤの肩に腕を回してへばりついてくる。
「戦うのは好きだけどさ。こう、ずっと武器を持って気を張るってのはやだな」
「俺も初めての経験だから、疲れたよ」
 話しながら、装置を使って一緒に草原まで降りる。ルーレス、万理、フィリッシュが加わると、清風はカクヤを突き放した。
 カクヤは、自身の属する無音の楽団へと戻っていった。
「四十点は取れなかったな」
「ううん。まだ、結果は出ていないから」
 論は割れているのか、結果はまだ出ない。カクヤはいまだ九十としか書かれていない無音の楽団の空板と、百六十と書かれているユユシの空板を見比べる。
 ざわめく会場と、沈黙が続く戦場に動きが見えたのは、少し経ってからだった。
 無音の楽団の空板の点数が増えていく。
 百、百十と加点されていくのを見守っていると、百五十で点は止まった。
『お待たせしました。無音の楽団の基本得点は九十点、評価点による加点は六十点、合計で百五十点が無音の楽団の獲得した点数となります』
 負けた。
 カクヤはじわりと広がっていく苦い悔しさを噛みしめながら、苦さを感じられることに感謝していた。講評試合の前だったら、「仕方ない」などとうそぶきながらみっともなく諦めていただけだろう。
 サレトナは心配だと、見上げてくれている。自分を気遣ってくれる仲間が傍にいる。それだけだって、十二分にありがたい。
「サレトナ、ありがとう。大丈夫だよ。『矜持』は使わない」
「それで、いいの?
「ああ。だって、皆疲れてるし。まだスィヴィアとの試合もある。いまが終わったって、終わりじゃない」
 セキヤからの助言を受けて、ルールを見直したときに知った。僅差で敗北した側のリーダーが『矜持』を宣言したら、リーダー同士の再戦で勝負を決め直すことができる。
 カクヤはしないこと選んだ。ユユシは勝利に値するチャプターであり、自分たちもできることで戦った。だから、この結果に不満はない。
『手短になりますが、講評に移ります』
 アナウンスがまた響いた。無音の楽団、ユユシは共に傾聴の姿勢を取る。
 ローエンカが音声拡張器の調整を始める声がする。
『っと。よし。では、今回の試合について。双方、共に適材適所の配置をしていた。基本点に関しては順当とされる。強いて言うのならば、無音の楽団が最後に切り替え早くフラッグを立てていたら、もう十点を得ることができた。こちらは惜しいところだ』
 カクヤの腹をソレシカがつついてくる。タトエが止めた。
『評価点に関してだが、ユユシが十点だけ無音の楽団を上回ったのは、各自の役割における安定感が大きい。特にルーレス・コトアの箱魔法による移動法は、ずるいという意見もないわけではなかった。しかし、斬新な魔法という評価が上回った。柔軟な思考と、使用は今後の技法術の発展において不可欠とされる。皆、励むように。続いて、万理・タンガーの自身の能力を最大限に活かした点、フィリッシュ・ノートルの諦めない点も、評価された。最後に、清風・ノックスに関しては、リーダーとしてユユシを日頃からまとめているのが伝わってきた。指示無くしても、無謀なしの行動を各自に取らせた点は高い評価を得た』
 拍手が起こる。
 カクヤも不満はないので、素直に講評内容に賛成した。
 ルーレスと清風が特に高評価であったが、万理もよく動いた。気になるのはフィリッシュであったが、触れられていないためいまは口をつぐむ。
 続いて、無音の楽団の講評が始まる。
『無音の楽団の評価点に関しては、統率のつたなさが第一に挙げられた。個々人の能力の高さが見えるからこそ、打ち合わせの練りが甘かった点。また試合展開は各自の力でリカバリーしていた点が惜しい。いくつかパターンを作り、攻撃と守備の歩調を合わせられたら、さらに伸びることが予想される。しかし、清風・ノックスの手番の際にとっさにカクヤ・アラタメとタトエ・エルダーが救援に入ったところは高い評価を得た。ソレシカ・シトヤの特異性とサレトナ・ロストウェルスの魔術と状況判断は得がたいものであるので、今後とも精進を重ねていくように。まずは、戦術において譲れない方針を決めると良いとされる。以上』
 不出来であった点と、今後の伸び代を両方ともローエンカはまとめてくれた。
 カクヤは耳が痛かったが、それはサレトナも、タトエもソレシカも同じだったようで、全員でうなずき合う。
 無音の楽団にはまだまだ足りないところが多くある。だからこそ、成長できると信じて、前に進んでいく。
 響く拍手の音を聞きながら、無音の楽団とユユシは整列し、礼をした。

>第五章第十七話



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