清風は駆け出す。器用なことに、左手は小さく鋭利な物体をソレシカに向かって次々に投げていた。
ソレシカは斧で遠距離からの攻撃を防ぎながら、清風を見失わないように努めている。一瞬、攻撃が止んだ時に清風に向かって大きく斧を振った。
かがんで避けられる。そのまま、清風は前転をして、ソレシカの左足下を抜けていく。合わせて、再びの投擲も忘れない。ソレシカは振り払うが、いくつか刺さったのか眉を寄せていた。
逃げ切ろうとする清風をソレシカが追う。舗装路だった道はがたがたと愉快な音を立てていた。
走りだけでは追いつけないと理解したソレシカは戦法を変える。「落水ノ絶」によってか、触れると皮膚を裂いてくる衝撃波を強弱つけながら、清風に襲いかからせる。前を向く清風は後ろから勢いを増して近づいてくる波に気付いていない。
だが、ここであっさりと吞まれもするはずはない。
風が変わったことを察した清風は振り向き、剣を下に向けた。
「グレート、アッパー!」
楽しげな声と共に舗装路に剣が叩きつけられる。と、次の瞬間には巻き上がった舗装路がソレシカの衝撃波を防ぐ盾となった。
その間もソレシカは呆然と事態の進展を眺めていたわけではない。清風に追いついて、斧を小さな動きで振り上げ、素早く下ろした。
しかし、舗装路の瓦礫とその隙間を抜けて研磨された石器が右肩にぶつかり、刺さる。斧を振る動きが遅くなった。
その間に、清風は荒野に揚々と足を踏み入れる。
寸分の間もなく斬りかかるカクヤを認めると、清風はいつもの陽気な笑顔をさらに明るく元気な笑いへと変えていった。
楽しそうだ。心から、楽しそうだ。単純に争いを好むのでもなく。自身を向上させる戦いを好んでいる。
清風には、鍛冶士になるという目標があるためだ。
ならば、自分には。
カクヤは無駄な問いかけをする余裕を切り捨てた。
刀と剣が衝突し、火花を散らす。いままで片手で剣を振るっていた清風もいまは両手で柄を握っていた。
「カクヤ。この試合の勝者は、俺たちだ」
「随分と決まっているな。その台詞」
「だろ?」
無邪気に交わす会話と、不穏に交わされる剣劇に会場は静まった。だが、カクヤの刀に炎が灯り、清風の剣から炎を抑える土の加護が付与されたところで、徐々にざわめきは増え、やがて歓声になる。
火と土の属性は影響を強く与え合う相性ではない。火は水に不利であり、土は風に不利であり、火と土といえば衝突しあう関係だ。さらに、土の属性は風以外のあらゆる属性に対して守りが堅い。物理としても、聖魔としても、守りに回られると攻撃は通じない。
清風は人と土の精霊族のクォーターだと聞いている。そのために、アーデントではなくブレイブを選んだ。前衛ではなく、補助も行うためだ。
斬り合う。受けに回るのは相手の攻撃を読めるためであり、相手にも読める攻撃を繰り広げあうということは信頼の証でもある。カクヤもいまは、清風は自身との戦いを選び、楽しんでいるのだと信じられた。
だが、これは試合だ。勝利のために、いつ相手から享楽の時間を裏切られるのかは、わからない。そうであっても、カクヤはこの時間が一秒でも長く続けば良いと思わずにいられなかった。
自身に勝利の栄光が相応しくないのは二年前からわかっている。だけれど、勝ちたい。矛盾した感情に苛まれながら、カクヤは「標本火焼」で清風の隙を突いた。
一瞬、驚いた表情を浮かべた。清風はその後もまた快笑を浮かべて、両手に持っていた剣を片手に持ち直す。そして、カクヤの刀の前に手を突き出した。
「断りの礼儀!」
清風の左手から土の盾が顕れる。カクヤは動きを止めた。
その隙に、清風が右手の剣ごとカクヤを拳で殴った。衝撃に押され、地面に膝が付くのを刀を刺してこらえる。
「楽しかったよ。またな!」
それだけを言い残して、清風はタトエの陣地に向かい、走っていった。カクヤはその背中を追う。届かないとわかっても、追いかけた。
最初から諦めて傷つかない振りをするなんて、もう嫌なんだ。
しかし、駆ける背中に追いつくことはできずに、清風はタトエの陣地に足を踏み入れた。
タトエは清風が陣地の草を踏むと同時に、星法で自身の身体能力の向上をさせる。白い十字の杖の尖端を向けた。
清風は一度、足を止めて言う。
「タトエ君。君をいぢめるとソレシカがうるさそうなんだけど」
「と、言いながら登りやすそうなところをいまも探してますよね。残念ですけど、僕を倒さないとサレトナのところまで行くのは無理です」
「悪い台詞だなあ」
意外と呑気な会話をしていた。
いままで出番のなかったタトエだが、ソレシカとカクヤが前線に立っている間に、崖の上の四十点の陣地まで行く方法を確かめていてくれたようだ。そして、サレトナが昇降に使った箇所に行かなければ崖に上がれないと気付いた。
だから、その装置の前に陣取っている。
清風はどうしたものか、という態度のままだ。即座にタトエに向かって攻撃の姿勢を取らないのは意外だった。
「サポートカード!」
「許可!」
「な!」
忘れていた。
カクヤはルーレスのサポートが、あと一度、残っていることを先ほどの戦いで頭からすっ飛ばしていた。
>第五章第十三話