旋律は音を移して戦歌となる 第八話

 フィリッシュはそこで話を終わらせた。
 一度、口を開いたらまだまだ話したいことはあったけれども、これから講評試験が待ち受けている。乱れていた心も落ち着いてきたので、あとは機会がある時に話したい。
 清風の反応をうかがう。
「ふーん」
 あまりにも呆気ない反応に、フィリッシュは立ち上がった。
「あっさりしてるわね!」
「いままでの話を聞いて、フィリッシュはとってもお人好しな女の子だなあと、僕は大変納得できました」
「ふざけてんの?」
 清風は両手を足の間に置いて、フィリッシュを見上げる。照明に照らされる表情には道化た感情など、一片もなかった。
 落ち着いた調子で言葉は紡がれる。
「家の都合もあるんだろうけど、それ以上にフィリッシュはロスウェルちゃんを放っておけなくなった。それだけの話だろ? あとは約束によって、ロスウェルちゃんを傷つけられないから、今回の試合をどうしようかなーってなってるっていう」
「まあ、うん。そゆこと」
 清風によってまとめられた内容に異議はない。
 ただ、先ほどの話では言えなかったが、いまは昔よりも「サレトナを守る」という当然を重荷に感じてしまっている。ロストウェルスではサレトナは人と距離を作るようにされていた。しかし、サレトナがアルスで自分以外の人と話していたり、共にいたりすると心にわだかまりが生まれてしまう。
 そのことを口にしてはいけないというのもわかっている。
 フィリッシュが薄黄色の壁を眺めていると、清風が立ち上がった。椅子を戻してから、言う。
「ロスウェルちゃんに、フィリッシュがいてよかったな」
 瞬時に顔の向きを清風に戻してしまった。その速さが面白かったのか、清風はからからと笑っている。
「アルスに来るまで、フィリッシュがロスウェルちゃんを支えてきたというのは、十分、伝わってきたぜ」
 「えらい」と大きく頷かれる。
 その、清風の言葉にフィリッシュは強く拳を作り、握ってしまった。
 ロストウェルスでは当たり前のことだと思われていた。フィリッシュ自身ですら、サレトナの隣にいるのは当然で、繊細だというのに嵐に立ち向かう少女を守るのは、自分しかできないと信じていた。
 だけれど、そうではない。
 フィリッシュがしてきたことは紛れもなく、誇りにしてよいことだ。同時に、サレトナが歩むこれからの道は真っ白であり、大きな苦難がサレトナに訪れた時に、自分は傍にいられないのかもしれない。
 フィリッシュとサレトナは友人ではあるが、全く別の存在だ。
 広い世界を歩くことを、自分たちは望んだのだから。違う道を進んでいき、場合によっては別れることだってある。
 そのことに、いま初めて気付かされた。
 本当は、もっと前から気付いていたのかもしれないけれど。
「そろそろ、出番です?」
 万理が言う通り、放送が流れてきた。
 第一試合は終わり、次はユユシと無音の楽団による第二試合が始まる。
 清風、フィリッシュ、ルーレス、万理は立ち上がると、顔を見合わせた。円陣を組むことはしない。
 ぱんと、清風が右の拳を左の手の平に当てて高い音を立てた。
「それでは、人生万事ユユシキコト。めげず臆さず立ち向かえ!」
 気合を入れる清風の言葉に、三人はそれぞれの姿勢で応えた。
 清風を先頭にしながら、付与室を出る。真っ直ぐ会場に向かっていく。
 フィリッシュは清風の背中を見ながら、決めていた。
 いまはサレトナのことを考えない。この試合を勝つことだけに、集中しよう。

>第五章第九話



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