今日もまた、快晴だ。
サレトナのいるところも同じ天気だとよいのだが、などと考えながら、クレズニは昨日に済ませた仕事を洋裁店「白犬の奢り」にまで届けに来た。
店主を呼んで、概装を施したローブを検品してもらう。白犬の奢りは一般の服も扱っているが、特注品として火に強いマント、呪いに抵抗できる装飾品といった軽装備も扱う店だ。クレズニの腕を見込んでか、それとも紹介したレクィエを認めているのかは不明だが、度々仕事を発注してくれるようになった。
店主である、バンダナを被った女性のメイールはうん、と頷いてローブをしまう。代わりにあらかじめ用意していたのか、袋に入った代金をクレズニに渡してくれた。中身を確かめると最初に定めた額よりも多い。クレズニはそう言ったが、メイールは首を横に振った。
「君の仕事は誠実で助かるよ。どうだい? ここで専属で働いてくれないか」
「申し訳ありません」
クレズニが丁重に頭を下げて辞退すると、メイールは苦笑した。それ以上は何も言わない。クレズニも、当分は仕事を請けられない旨を伝えて、白犬の奢りを出ていった。
吹き抜ける風の涼やかさに目を閉じると、クレズニは暗室喫茶ヨラズノベへ向かった。
店主に断りを入れて、人を待つ。
今日、ロストウェルスに帰郷すると伝えたら、その前にぜひとも会いたいと迫られてしまった。クレズニはその相手の勢いの強さに押されて断ることができなかった。
その相手が、自身よりも年下なのもあるのだろう。どうにも自分は年下に甘くなる。
クレズニが注文はしないと伝えたところで、ヨラズノベには似つかわしくのない少年が入ってきた。クレズニは自身のいる場所を手を上げて示す。
少年、ルーレスはカクヤたちには見せない朗らかな表情でクレズニの向かいに着席した。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ」
ルーレスは年相応に笑う。
クレズニも微笑を返しながら、目の前の少年について考えた。
妹であるサレトナの同級生だというルーレスだが、どうして自分にこれほど懐いているのだろうか。彼もまた、箱魔術という特殊な魔術を扱う優れた魔術士であるが、クレズニは魔術士ではない。だというのに、話を二言三言、講評試合の際にしただけで、ルーレスに何事かを見出されてしまった。それはルーレス曰く「希有な才能」とのことだったが、クレズニはそこまで己を過信していない。聖法と魔法の両方を扱えるのは、大陸シルスリクにおいては珍しいことではあるが、それだけだ。
「私に興味を持つなんて。ルーレスさんは不思議な方ですね」
「凡人は天才にしか目を向けません。あなたのような、隠された知性の素晴らしさに気付かないだけです」
笑顔に不似合いな辛辣さで言い放ったルーレスに対してクレズニは苦笑するに留めた。その反応が不服だったのか、ルーレスはさらに言葉を重ねる。
「魔法と聖法を両立することができるのは、滅多に得られないギフトです」
「ただの相性ですよ」
「その相性を持つ条件が明確でないために人は片方しか得られないことがままあるというのに?」
ルーレスの言うことはもっともだった。聖法と魔法を併せ持つ条件は戦歴から七十年経つというのに、謎のままとされている。戦歴の頃はいまよりも聖法と魔法の両方を扱えるものが多かったとされるが、いまは減少傾向にある。
クレズニが聖法と魔法を扱えるのも、ロストウェルスの血を継いでいるためという見方が強い。
「そうだった、そんな話をしにきたのではありません」
ルーレスは珍しく慌てた様子で、鞄の中に手を入れる。特に探る様子もなく取り出すと、クレズニの前に箱を置いた。
青い紙に白いリボンが巻かれている。簡素だが丁寧に包装された一品だ。
「こちらは?」
「僕からクレズニさんへの贈り物です」
「そんな、私は何も与えられませんよ」
「でしたら、今度。あなたの時間を僕にください。魔法や魔術について語り合いましょう」
純粋な好意を向けられて、撥ね除けられるほどクレズニは冷徹ではなかった。机の上の箱を手に取る。
「わかりました。ありがたく、いただきます」
ルーレスは満足そうな表情から、一変、真面目な顔になる。説明を始めた。
「おそらく、ロストウェルスに持っていっても無駄にはならないはずです。ただ、使うときは人のいないところで開けてください。一度使用したら包装紙とリボンは消滅しますので」
「この箱にはあなたから私へ、信託の魔法がかけられていますね。内容は収納と……ちょっと。これ、何を使わさせる気なんですか」
ルーレスは澄ました様子で笑う。
渡された箱は一定の大きさまでの物なら収納できるとされているが、もう一つの機能に対しては疑問符が浮かんでしまう。どうして、このようなものを取り出せるというのだろう。さらに各自の機能が独立しているので、片方を使用しても、もう片方はまだ手の内に秘められる。
「僕が最大限できることを考えたのですが、気に入りませんか?」
「いえ。助かるとは思いますけど」
「だったら。ロストウェルスさんや、アラタメ。エルダーさんと一緒に、アルスへ無事に戻ってきてください」
口にされた言葉が堅かったために、クレズニは聡い少年の気苦労に気付いてしまった。その心配が杞憂に終わらない可能性もある。
ルーレスが自身にできる援護として行動してくれた結果が、この箱だ。使わないかもしれないが、もらっておいて損はない。
クレズニは改めて言う。
「ありがとうございます。大切に使いますよ」
「はい」
会話は終わったので、クレズニは席を立つ。ルーレスもその後に続いていく。
ヨラズノベを出て階段を上がり、静観商路を進んでいく。クレズニがいま借宿にしている家の曲がり角の二つ前で、ルーレスと別れることにした。あまり、家の場所を知られるのはよろしくない。
「では、ここで」
「はい」
答えるのだがルーレスは立ち去らない。
「どうしました?」
「クレズニさんは、ロストウェルスさんのために帰るのですか」
「それだけではありませんよ。ノーブル・マテリアルの管理もあります」
はぐらかすことをルーレスは許さなかった。
「ですが、一番は彼女のためでしょう」
笑みを消した様子からは先ほどまでの人なつこさはなく、クレズニはごまかせないとわかる。
頷いた。
クレズニの反応にルーレスは痛ましそうな表情を浮かべる。カクヤにも、清風にも見せない心配をあらわにした。
「クレズニさん。あなたも、あなたという人生を生きるべきではないですか? もっと、ご自身を大切にしてください」
「いけませんね。年下の方に心配させるなんて。ですが、思い違いをしないでください。私はいまの人生を進むと決めて生きています。安心して」
「ロストウェルスは、サレトナ・ロストウェルスさんに継神の儀をさせようとしています。そうして、成功したら弟さんが当主になる。だったら、クレズニさんの立場はどうなるというのですか?」
それは、悪手だった。
普段のルーレスならば切ることのない、危険な手を開示してしまった。そのことに気付いたのか、ルーレスはクレズニを見上げる。クレズニはルーレスの手をつかんでいた。
「……どちらで、その噂を」
「こちらです」
ルーレスは空板を起動させる。本来ならば他人に見せることのない伏せられた宿り木の内容を、ルーレスはクレズニの前にかざした。
ルーレスが示した宿り木には五人の名前があるが、どれもクレズニには心当たりがない。ただ、交わされている言葉に目を走らせる。
内容は世間で噂されているロストウェルスの内情について、多少誇張させられている程度だ。どれも、当主代行である者があえて流している話と大差ない。
だからこそ、その些細な部分がクレズニには気にかかった。
クレズニがルーレスに視線を向けると、説明される。
「こちらの宿り木は、以前友人と一緒に入りました。ですが……段々、政治的と言うべきか。思想的な話に移っていっています。僕はほとんど発言をしないで、たまに見ているだけです。正直、クレズニさんの存在もこちらで知りました」
「そうだったのですね。でしたら、コトアさん。お願いがあります」
「僕の空板におかしな情報が出たら、クレズニさんに教えたらいいですか?」
ルーレスの物わかりがよくて助かった。
「はい。ロストウェルスに関係なくとも構いません。違和感を感じたものは全て私に直接教えてください」
「わかりました」
空板が消える。
クレズニとしてはルーレスに間諜まがいのことをさせるのは気が引けるが、学生を巻き込んで思想の話題をするというのには危機感を覚えた。ルーレスがあの宿り木から抜けられないというのならば、事態を把握しておくのが一番適切だろう。
今度こそ、別れようとしたところでルーレスに言われる。
「あの、クレズニさん。一つだけ、最後にお願いがあります」
「何でしょう」
「……よければ、僕のことも名前で呼んでください」
今日一番の勇気を出した顔で言われたら、クレズニに否応はなかった。
「はい」
その一言に満足したルーレスは今度こそ帰るべき場所に向かって歩いていく。クレズニは遠ざかる背中が完全に見えなくなったのを確かめて、レクィエの家に向かっていった。
四つの部屋がある二階建ての共用賃貸物件の扉を開けて、二階への階段を上がり、左側の扉を開ける。
レクィエの住まいに入っていった。
贅沢をする趣味がないのか、それとも単に物が多いことを好まないのかは不明だが、レクィエの部屋は簡素だ。東側にある窓の下には小さな洋服箪笥が置かれていて、右側には身支度を整えるための鏡がある。カーテンで仕切られた先には寝台がしつらえられている程度の物しかない。あえて言うのならば、猫の餌が置かれていることは愛嬌だ。
そうして、出かけていると思っていた家主がソファで一人くつろいでいる姿を見て、つい本音が漏れ出てしまった。
「まだいたのですか」
「家主だよ? いくらいてもいいだろ」
そうとしか返せない言葉であったので、クレズニは黙って首を左に傾けた。
出立の挨拶をするために探す手間が省けたことを喜べばよいのだろう。
「それにしても、随分と好かれていたじゃないか。セイジュリオ、下手したらアルスきっての核心論提唱者。ルーレス・コトアに」
「気が合うだけでしょう」
クレズニの素っ気ないともいえる言葉にレクィエはうっそりと笑った。
「瞬移の門はどこの宿のを借りるんだ?」
「パラディクスメートルですが」
「さすが、金と地位はあるな」
「それだけしかありませんけどね。貴方、随分と機嫌が悪くありませんか?」
ここまでレクィエが絡んできたのは初めてだ。誰に対しても放任主義であり、その結果の失敗を見て微笑む余裕を常に保っているというのに、今日は言葉の端に棘がある。クレズニが一時とはいえいなくなることを寂しがっているわけでもないだろう。
レクィエは視線をクレズニへ向ける。
「確かに、いまの状況は面白くない」
「誰にとって?」
「決まっているだろ?」
レクィエは自分を中心にしながら、周囲を一回転すると、最後は斜め上空を指さした。
「神様にとってさ」
意味深長な言葉を投げかけられたクレズニはつい考えてしまう。
先ほどから、レクィエは何かしらの助言をしてくれているのではないか。いまの状況がそもそも、どういった状況なのかを指しているのかも不明だが、上位存在はさらなる意外性のある出来事を期待している。もしくは、特定の人物の失敗を望んでいる。だけれど、その対象が特定できない。かといって、レクィエに直接尋ねてもはぐらかされるなどして答えは帰ってこないだろう。出会ったときからレクィエにはそういったところがある。もったいぶると表現するのが正しいのか、それとも何かを知っていて純粋に言えないのか。
クレズニとしては、レクィエを一人にして大丈夫だろうかと心配してしまう。心配には主に二つの理由があった。
レクィエはソファから立ち上がるとクレズニに背を向けて言う。
「クレズニ。無事に帰ってこいよ」
いま口にされた言葉だけは誠実だから。
「はい」
嘘を吐くことはできない。
クレズニはレクィエの部屋から去っていく。
階段を降りる足音は聞こえているだろう。
変奏曲より紡がれし明日への希望 一括掲載版
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