変奏曲より紡がれし明日への希望 第十八話

 夏だというのに冷却魔法の必要などない涼やかな気候の土地だった。
 南端は山によって他の土地とは断絶されており、往来は容易ではない。険しい山を越えた先には小さな街が広がっている。背の高い家はなく、ちんまりとした彩り豊かな屋根を持つ家々がいくつも点在していた。街の中央には白い聖堂と少し離れた場所に噴水の付属した広場がある。
 街を見下ろすことができる、高台にある屋敷のさらに二階の南端にある部屋から、その声は響いた。
「おや」
「どうしました」
 応えるのはクレズニ・ロストウェルスだ。すでにロストウェルスの地に戻り、いまは妹たちの帰郷をもてなす準備を手伝っていた。
 クレズニの問いに優美な笑みを口の端に刻みながら、男性は立ち上がる。
「もう、来たみたいだね」
「出迎えは私がいたします。リエン様は」
「君も戻ってきたばかりだろう。ゆっくりしなさい」
 気遣いに溢れた言葉だが、響きは妙に楽しそうでクレズニは頭痛を覚えた。
 リエン・ロストウェルスはクレズニが止める間もなく部屋から出て行こうとする。その姿は気品と威厳に満ちていた。自身に対する信頼が厚い者ではないとできない振る舞いだ。
 ロストウェルスの血を継ぐ者にしては珍しい、癖のある焦げ茶の髪に感情の色が読めない緑色の瞳、鼻は高く唇は薄い。顔立ちはくっきりと濃いのだが、不思議と艶めいた印象を周囲に与えてしまう。肢体は健やかに伸びていて、長身であり胸板も厚い。一定以上の身体能力があるのだと一目でわかる。衣服も胸襟は目立つが、全体の色合いが落ちついているため華美なところはない。身に合った、隙のない着こなしをしている。
 その姿を存分にクレズニに見せてから、リエンは嬉しそうに部屋を出ていった。
 クレズニは余計なことと承知しながらその後を追っていく。


第八章第十九話



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