鳴り響け青き春の旋律よ 第七話

 ソレシカはカクヤの座っていた椅子に座りながら、問いかけた。
「サレトナは何が得意なんだ?」
「攻撃なら、氷と闇ね」
「氷魔術は何度か見たことがあるけど、闇の魔術ってどういうのがあるんだ?」
 サレトナは説明を始める。
 他の魔術と同じく、闇のエネルギーを扱いながら物理的な攻撃を与える魔術がまず、一つ挙げられる。それ以外には闇という特性を活かして相手の聖力や魔力に直接影響を与える、吸収や減退型があるという。これらは相手の聖魔法術の威力を減衰させる効果がある。最後に、術者が対象の精神に干渉する闇魔術もあるという。
「なかなかえげつないな」
「ええ。ひどいことをするから、私は最後の魔術はあまりやりたくないの。使うのも、使われるのも気持ち悪いじゃない」
 もっともな意見だった。
「あと、精神干渉の闇魔術は相手の感情や思考と同調することも必要なの。同調が成功すると、相手はもうこちらのマリオネットになってしまうし、その状態で精神を攻撃したら効果は跳ね上がって、癒えない傷を残すことになるわ。そこまでしたら、多分、セイジュリオにいられなくなるわね」
「闇魔術を使うとしたら物理的な影響か、吸収、減退型のどちらかだな」
 消去法で方向性を定めていきながら、ソレシカはふと思いついたことをサレトナに尋ねてみた。
「精神の同調で、味方の聖魔力や攻撃力を上げるとかはできないのか?」
「できるでしょうけど、タトエの方が向いているわ。聖法で加護を与えてもらった方が早いもの」
「難しいな」
 闇魔術を使用する相手を見るのは、ソレシカにとってサレトナが初めてだった。その闇魔術は使い方も使い道も工夫が一つも二つも必要そうだ。氷魔術に切り替えるという選択もあるが、氷魔術は弱点も多い。例として、相手に炎魔術の使い手がいたら即座に反撃される。
 ソレシカが周囲を見渡すと、タトエとカクヤは順調に盛り上がっていた。自分には滅多に向けることのない、純粋な笑顔をタトエがカクヤに見せているのにはつまらなさも覚えるが、仕方ないという気にもなった。
 他のチャプターはといえば、すでに技を考えたのか、フィリッシュと万理が手合わせをしている。フィリッシュの鋭い蹴りを万理が大きな槌で弾いているのが印象的だった。
 修練場の床や壁は特殊な灰色の素材でできている。踏ん張りはきくが、受け身を取ったときに怪我をするほど硬い床でもない。魔力なども壁にかけられている赤い布が弾くので、いままで大きな事故は起きたことがないそうだ。
「ソレシカ?」
 サレトナに呼びかけられて、思考が逸れていたことに気付く。頷いて、向き合った。
「ねえ、私じゃなくて。ソレシカならどういう方法で、どれくらいの範囲、対象を相手にすることができる?」
「無効の日なら、近距離で一気に相手の一人や二人を制圧した方がいいだろうな。貫通の日なら、いつもは距離を空けながら、カクヤにしたみたいに範囲攻撃をしていく」
「そうなの。だったら、今回は中距離範囲攻撃から絞ってみようかしら。そちらの方が、私の魔術と合いそうだから」
 サレトナは素早く思考を切り替えていった。意外でもないが、判断と思考の速さはカクヤよりもサレトナの方が断然に上回っている。その違いは彼と彼女が窮地に居合わせた際の差の違いのようで、ソレシカは少しだけ複雑な心境にもなった。
 いまそれを指摘することはできないので、相談を再開する。以前に、カクヤに「落水ノ絶」という技でソレシカが攻めたところを起点として考えていった。
 まずはソレシカが大技で相手をひるませる、または場を壊すなどして環境を変えた隙に、サレトナの闇魔術で広範囲の相手にダメージを与えるといった技術が有力となった。基本が組み上がったら、時と場合と相手によって氷魔術で代替可能な技術にする。だが、基本の魔術を闇魔術にしたのは、先ほども挙げられたように氷魔術に頼りすぎると炎魔術で対抗されること、また氷自体を砕かれたら意味が無いという判断をなされたためだ。
 とはいえ、闇魔術も聖法で威力を減退させられる、防がれることがあると不利になるため、サレトナとソレシカの複合技術はソレシカの物理技が鍵となる。
 そこまで打ち合わせて、サレトナは納得がいったようだ。
「うん。この闇魔術に付与効果をつけられたら、実戦以外にも役立ちそうね。たとえば、恐慌状態の人を落ち着かせるようにするとか。強引だけど眠らせるとか。ソレシカの技も、災害時に距離を置いて瓦礫を移動させることとかに応用できそう」
「あ。人助けの観点は忘れてた」
「評価に響くわよ」
 サレトナに厳しく言われて、ソレシカは腕を組んだ。
 スキル作成の授業は、戦闘実習に備えて技術や技法を編み出すことだと思われているが、本来の目的は技術向上や改善のための授業だ。新しい技術を編み出すだけではなく、他の人も使える応用性が後半に進むにつれて問われてくる。完全に同じ技術を使える必要は無くとも、同じ理論で他者が扱えるようにできるのかが重要だ。
 ソレシカの技も、同じ筋力を持つ相手でなくとも、扱えるように工夫しなくてはならない。その辺りを考えるとまた頭が痛くなった。だが、できないことをできるようにしていくのも、学びなのだろう。
「俺と違って、カクヤは誰でも使えそうな技法を考えそうだよな」
 椅子から立ち上がって、奥側の試合の場へ移動しているタトエとカクヤを見ながらソレシカは言った。サレトナは浮かない表情を浮かべている。
「そうね。誰にでも、できることをカクヤはいつも考えているわ。あとは、他の人がやりたくないけれど自分がやれることを。本当はカクヤだけができる、カクヤのやりたいことがあるはずなのに」
「やっぱりその点は気になるよな」
 これまでの行動を見ていると、カクヤは平凡だ。制服作成の時に仕立てに訪れた女性にずばずばと「君の作るものはつまらない」と言い放たれるくらいに、抑制的だった。
 だが、短い付き合いで見ているとカクヤの本来の性質はもっと違うものなのではと感じる瞬間が多々ある。呑気な性格に変わりはなさそうだが、主張したいこと、やりたいことなどを隠している。もしくは、他者を優先させている。その抑制に当の本人は欠片も気付いていない。他者から指摘されて、ようやく自身をいぶかしんでいる段階だ。
 ソレシカはタトエへの愛に素直になっている。サレトナはセイジュリオでの生活を楽しんでいる。タトエもまた、自身の興味関心に素直になって対人関係や趣味を広げていた。
 カクヤはその輪に加わらない。外から寂しそうに、だけれど笑いながら応援している。
 本来なら、カクヤも自身のしたいことに向かって駆け出したいだろうに。
「ま、カクヤを振り切らせようとするのなら、サレトナが発破をかけるのが一番いいだろうさ」
「どうして?」
「愛は人を変えるから」
 さらりと事実を伝える。
 サレトナはというと、頬をほのかに染めながら、眉を寄せて言い放つ。
「ソレシカが言うと、説得力があるわね! でも、お生憎様。私とカクヤはそういうのじゃないもの」
 拗ねたようにそっぽを向かれるが、サレトナがカクヤを意識しているのは傍から見ていると、微笑ましくなるくらいに明白だ。タトエほど応援する気はなくとも、勘付いてしまう。

>第四章第八話



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