仲間であると同時に宿敵というべきか悩んでしまう、そういった存在がいまは胸を弾ませているようだった。
爛市メロリアにある宿泊施設であり観光所とレストランも兼ねている「調律の弦亭」に特客として籍を置いているカズタカは食堂で何冊もの雑誌をめくるリンカーを眺めている。
とはいえどじっくりと見たいわけではなくて視線を前に向けるとリンカーが斜め向かいの定席にいるだけだった。食後の紅茶の茶菓としては不似合いもいいところだ。口にしても食べれもしないし舐める気も起きない。
カズタカの隣に座っている、室内だからか普段の赤い帽子を外したリブラスが言う。
「最近のリンカーは随分と機嫌がいいね」
「あの日が近づいているからな」
「ああ。モノッソダーレの日」
「違う」
カズタカも周囲の存在に博識と呼ばれるくらいには知識を蓄えているが、魔術士であるリブラスの偏った知識にはついていけないところが多々あった。今回もそうだ。モノッソダーレの正体について知りたい気も少しだけあるが詳しくまでは知りたくない。響きからして間抜けが過ぎる。
リブラスは自分の奇妙な発言に対して特に突っ込んでもらいたいわけではなかったようでいまも気にしていなさそうだ。先ほどのような天然による行動や発言が後に周囲を困らせる。悪意も悪気もないのに面倒を引き起こすためだ。
今日もまた些細だが疲れる一日になりそうだとカズタカは諦めと共に覚悟を決めた。自分たち、銀鈴檻に平穏な日常は似合わない。
「まあ、ネイションの誕生日が近いからな。あいつが張り切るのもわかるだろう」
「そうだったね。いまの調子だとプロポーズまでしそうな勢いだけれど」
意外だった。
魔術以外には興味を示すことの少ないリブラスがリンカーの恋路に関心を抱いていたことは驚きに値する。仲間の人間関係には多少なりとも敏感になるのか、それとも意識せずにはいられないほどリンカーの恋慕があからさまなのだろう。
斜め向かいにいるリンカーが手にしている雑誌は爛市メロリアが営む雑貨店や書店に関わるものばかりでプレゼントを選んでいるこの瞬間も楽しそうだ。一途や健気と例えられなくもない。
その顔が見られなくてカズタカは天井を見上げた。白い板が敷かれている。食堂での喫煙は禁止されているためこの天井が汚れることはない。調律の弦亭ができてどれだけの年月が経っているのかは知らないがまだ汚れていない。
足音が聞こえてきて、天井から廊下に視線を移す。女性の足音だがハシンほど軽く密やかでもない。
だから、食堂に姿を見せた人物がネイションであっても驚かなかった。しかしリンカーは別のようだった。雑誌から顔を上げて、さりげなく手にしている雑誌を動かしてタイトルを隠していく。
「読書中にごめんなさい。リンカー、お願いがあるのだけれど」
「はい!」
ネイションはびくりと体を一度震わせる。それほどリンカーの返答は早くて力強く、前のめりだった。
あーあ。
カズタカはどうでもよい他人事だからこそ呆れてしまう。餌を前にした犬が突っ込むような反応をしない方が好感触になるはずだ。恋は目を眩ませるというが、リンカーの青い目はネイションを前にするといつも歪曲する。
「買い物、付き合ってくれる?」
戸惑いを落ち着かせるとネイションはそう言った。今度は落ち着いて答えたリンカーだが、恋をしている相手からの誘いを受けられて天にも昇るような思いをしているだろう。悪魔の彼が天に昇れるのかは考慮しないことにした。
雑誌を重ねて一まとめにするとリンカーは椅子から立ち上がった。
「行きましょう」
「ああ」
「うん」
続いた言葉に微笑みは苦笑いへと一瞬にして変化する。視線の先は同じく席を立ったカズタカとリブラスに向けられていた。目が雄弁に語る。
どうして貴方たちがついてくるのだと。
そうはいっても意地の悪いことをしたくてカズタカはリンカーとネイションについていこうと決めたわけではない。ただ、二人きりにするのが面白くないだけだ。二人だけで買い物に行かせても特に進展があるとは思えないが、リンカーが格好をつけるというのなら冷やかしておきたい。
つまりは小舅をするカズタカだったが、もう一人のリブラスは何を考えてついていこうとしているのかは不明だ。この場で声をかけられたのが不運だったとリンカーには諦めてもらいたい。
肝心のネイションといえばリンカーとだけ出かけたかったわけではないらしく、おまけが二つついてきても嫌な顔をしなかった。それどころか見渡して微笑する。
「両手に花じゃなくて、三方を木で囲まれているみたい」
「そりゃどーも」
「悪い意味ではないから。まあ、行きましょう」
ネイションは歩き出す。その隣にリンカーが並び、カズタカとリブラスは背後についていく。
「そういえばさ、ネイションはもうすぐ誕生日だけど。欲しいものとかないの?」「そうねえ」
リブラスの問いは急であったがネイションは呑気なものだ。斜め上を見上げながら答える。
「平穏だったら嬉しいわね。さらに、ラズベリーのタルトがついていたら文句はないわ」
その言葉を必死になってリンカーが頭に留めているだろうことは顔を見なくともわかった。
エントランスを抜けて調律の弦亭を出る。
秋の曇り空の下で赤や黄色、緑といった街を彩る布がはためいていた。
ラズベリータルトはきっと苦い
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