変奏曲より紡がれし明日への希望 第七話

 タトエの用意してくれた昼食は子どもの陽気さと大人の淡泊さの中間にあるような品目だった。主食はパン、主菜はフォークを一突きするだけで食べられるランダムステーキに、黄色いレモンドレッシングがかけられたサラダ。スープはあっさりとしながらも玉ねぎの甘さが染み渡る。
 カクヤは友人の家で適切な量の昼食を食べ終えて、タトエの父であるトリルが淹れてくれた紅茶を飲み終えてから、午後三時を迎えた。
 トリルは再び家を離れるタトエに対して、魔車の停留所であれやそれやと心配の言葉を投げかける。応えるタトエの顔からは苦笑が消える間もなかった。
「もういいでしょう。トリルさん。このままじゃ、タトエはどこにも行けないわ」
「そうなんだけどね、ハニー。これだけは渡しておきたくて」
 トリルがタトエに差しだしたのは銀の輪に琥珀が通されたブレスレットだった。タトエの細い手首にはいささか大きいが、気をつけていたら落ちることもない。
「これはお守りだよ。一回きりだけど、君の祈りを強めてくれる。いざというときに使いなさい」
「うん。ありがとう、父さん」
 それから、タトエは母であるケレトを真っ直ぐ見た。
「いってきます」
「ええ。いってらっしゃい」
 トリルの心配振りとは正反対にケレトは軽やかに見送りの言葉を投げかけた。タトエも慣れているのか頷くだけに留める。
 タトエの両親に会うと聞いたとき、カクヤはもっとほのぼのとした人たちを想像していた。穏やかで心優しい人たちだ。だが、実際のところは違っていた。トリルは子煩悩な父親だったけれども、ケレトはタトエの母とは思いがたい独立した女性だった。自身一人でも生きていけそうなたくましさがある。
 それでも、タトエはどちらに似ているのかと問われたら、カクヤはケレトと返すだろう。タトエは人当たりはよく、気配りもできるが、本当のところは頑ななまでに意思が強い。納得いかないことには妥協点を見つけられるまで反発するところがあることも知っている。
 カクヤはサレトナに視線を向ける。
 サレトナはタトエをどのように見ているのだろう。トリルやケレトから話しかけられたとき以外に、サレトナがエルダーの親子の会話に入ることはなかったので、その辺りは不明なままだ。
 出立の笛が鳴る。
 カクヤたちは準備が終わった魔車に乗り込んでいく。カクヤを先頭に、サレトナ、タトエと続いていった。他の乗客はいない。
 椅子に座って「ルリセイまで」と声をかけると、魔車は甲高い音を鳴らして動き出す。かたとかたと、と魔獣の蹄が地面を叩く音がした。
 窓を見ると、トリルは手を振っている。ケレトは腕を組んだまま見送っていた。その姿が徐々に遠ざかり、最後には見えなくなる。
「世話になったな」
「気にしなくていいよ」
 答えるタトエの語調が強いものだったから、カクヤは思わず声に出していた。
「ごめん」
 謝罪の行き場は不明なままだ。タトエも何も言わない。
 しばらく沈黙が続くかと思ったが、サレトナがふと言い出した。
「トリルさんがケレトさんのことを『ハニー』と呼んでいたのは、どうしてなの?」
「知らないなあ。今度、帰ったら聞いてみるのもいいかもね」
 そのあとに「カクヤもサレトナのことをそう呼んでみたら?」などとけしかけられるものだから、カクヤは頬を赤く染めて、サレトナから視線を逸らすために窓を見た。それなのに、横からサレトナの視線を感じてしまう。耐えきれずに顔を上げて、見つめ返すとサレトナは微笑んだ。その頬はカクヤほどではないがわずかに色づいている。
 車内に漂う甘やかな空気に言い出したタトエが苦笑した。
 魔車はかたことと街道を進んでいく。

>第八章第八話



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